ボイス
【ボイス:11月5日】田原豊選手の声
J1への復帰が夢ではないということを体感した2007年、2008年シーズン。とはいえ、昇格争いの中心になるまでには及ばず、足りない何かを求めて、2009年シーズンは新しい監督を迎えた。
新指揮官が標榜したのは、より攻撃的なサッカー。4-3-3のシステムで、『うちは相手がイヤになるくらい仕掛けていく』ことを信条とする。
その攻撃の要、最前線の選手の中で、ひと際の存在感を放つのが田原豊選手。そのプレーは、身長187cm、体重84kgの恵まれた体格を存分に活かした豪快さと、意外性に満ちた繊細なひらめきが共存する。
今回は、田原選手の二面性の魅力をひも解くと同時に、その話から新たに見えてきた独特の感性に触れてみたい。
サッカーがやりたくて、やれる場所を探して。
今、考えるのはベルマーレの昇格のみ。
田原選手のベルマーレへの移籍が発表されたのは、今シーズンの開幕戦のわずか2日前。昨年末に京都サンガとの契約が満了し、移籍先を求めて韓国やオーストラリアでトライを重ね、たどり着いた先がベルマーレだった。
「2月に韓国に行って練習をして、そのあとオーストラリアに行って、その流れでベルマーレに練習に来て。海外のチームとの話も進んではいたけれど、ベルマーレの方が先に明確な答えが出た。それで開幕戦も間近だったし、自分もやっぱり日本が恋しいっていうか、外国でやっていけるメンタルではないなというのがわかったので、ベルマーレを選びました」
言葉や文化はもちろん、食事も違う海外での生活に慣れるには、少々時間がかかりそうだと感じたという。できれば日本でサッカーを続けたいという思いが通じて、2月の下旬からベルマーレの練習に参加することとなった。
しかも、その後の展開は、開幕を目前に控えていたこともあり、驚くほど早かった。
「ベルマーレの第一印象は、みんなすごく頑張っているっていうこと。誰も…、なんて言うんだろう?見栄を張っているというか、テングな選手もなく、サッカーを楽しんでいるなぁっていう印象でしたね。自分自身もみんながすぐ受け入れてくれて、すんなりチームにとけ込めた。
それに場所が変わっても、やることはサッカーだから。サッカーがやりたいからサッカーをやれる場所を探す。その場がここ。
この場には、ベルマーレというチームを好きでいてくれる人がいたり、応援してくれる人たちがいる。開幕2日前の登録でも、そこに籍がある以上、ベルマーレのためにやる。もちろんサンガはサンガで気になる部分はあるけど、もう今は、ベルマーレのことを最大に考えて。みんな昇格したいだろうし、してほしいと思っているだろうし、自分もしたいから、今はそれだけを考えています」
何よりも、登録のわずか2日後の開幕戦からスタメン出場を果たしたその事実が、チームの戦力として必要とされたことの証明。そして現在の戦いぶりを観れば、一目瞭然、反町監督の戦術にぴたりとハマった選手のひとりであることがよくわかる。
「監督がめざしているサッカーと、自分がやりたいサッカー、それは、単にボンボン蹴るサッカーじゃなくてパスを繋いだり、みんながよく走るサッカーだから、そういう部分でやりたいサッカーが似ている、チームプレーができると一致したので、戦術的な部分もすぐにやれたんじゃないかと思う。
でも、監督の戦術に合ってるとか、自分で思ってるわけではない。それより仕事だから、自分は与えられた仕事をこなさないといけないという気持ち。それをやっているということ。求められているのは、細かい戦術はいろいろあるけど最優先はフォワードとしての仕事、簡単にいえば結果を出す、点を取るという部分。ポストプレーは、優先順位の上位に来ると思うけど、フォワードとしての仕事の中での優先順位があって、自分は与えられた仕事をやっていくだけ」
今シーズンは、47節の熊本戦が終わった時点で9得点。その中で、誰もが記憶に刻んだもっとも鮮烈なゴールといえば、46節ホームで迎えた鳥栖戦のロスタイムのゴールだろう。
「緊迫した絶対に落とせない試合、勝ち点3が絶対条件という中、最後の最後で自分が結果を出して、チームも結果が出た。そういう意味で二重の喜びがあった試合だった」
しかし、この勝利を次に繋げることはできず、47節アウェイの熊本戦では敗戦を喫してしまった。
「次に繋げなければいけないと意気込んだ試合だった。でも次がある以上、切り替えてやっていくしかない。自力で昇格できる可能性があるんだから、何も終わってしまったわけではない。残る試合、全部勝てば文句なしのJ1昇格。51試合の中の残り4試合、全力でやることを考えています」
田原選手は、44節徳島戦、46節鳥栖戦と2試合続けてホームでのMan of the matchを獲得している。MOMについての感想は、もらえばうれしいが、あくまでもおまけだと語るが、この結果からもわかる通り、田原選手の活躍は勝利を呼び込む。残り4試合、すべての試合でMOM級の活躍を期待したい。
昔も今も、やっているのは同じこと。
変わったのは、周りの評価。
田原選手は、高いポテンシャルと身体能力を持ちながら、今までその能力をフルに発揮し、コンスタントに活躍してきたとは言い難い。前所属の京都サンガでも出場時間から考えればよく得点に絡んでいるが、フルタイムでの出場は数えるほど。しかし、ベルマーレで戦う田原選手は、そんな過去の記憶を塗り替える活躍を見せている。
例えば、ロスタイムにゴールを決めた鳥栖戦の試合後に行われた監督会見で反町監督は、『京都時代の姿を覆すようないいプルアウェイの動きだった』と笑顔で語った。また、第43節の岡山戦で、田原選手がハーフウェーライン付近で受けたボールを前線にいる中村選手に預け、その中村選手を追い越してパスを受けてゴールを決めているが、このプレーについても、『皆さん、見たことがない』と、試合後の監督会見でとりあげている。最近の田原選手は、今までのイメージを覆す、献身的なプレーに徹しているように見える。
「確かに見たことがないと思うけど、そういう局面が少ないというのもあるし(笑)。自分がなぜそういう局面が少ないかといえば、自分が一番前にいるから、そういう局面がなかなかない。むしろ逆ですよね、僕がボールを持っているところをみんながどんどん追い越していくっていうのが、多々見られる光景になるはずだから。だから、まあその数少ない光景を見たことは事実であって、なにもいうことはない、その通りです。
でもああいうシーンは、ありはありです。やっぱりチームのためにいろいろやらないといけないわけであって、その中でたまたまあそこのシーンは、ちょっとチャンスだなと思ったので、スピードを上げて祐也に声をかけて、ボールをもらってシュートを打った。それがたまたま入っただけ。『入れー!』って、気持ちは込めて打ちました」
チームのためにやる、いろいろなこと。そのいろいろが以前より増えたのかもしれない。だが、田原選手にいわせれば、チームへの貢献について自分自身は変わったつもりはないという。
「自分の中ではいつも通りやっているつもり。毎年一緒のことをやっているのであって、ただ周りの人がそう思うんだったら、そうなんじゃないかな、と。高校生の頃も京都にいたときもやっていることは一緒、のつもり、常に同じ意識」
評価するのは周りの問題、とどこ吹く風といったおもむきだ。
しかも、これだけではない。ベルマーレでは攻撃において前線から走り回る姿が印象的であるうえに、怪我から戻った最近は、守備への意識も変化したのではないかと思うプレーも加わり、さらに貢献度を上げているように見える。
「自分の中での戦術っていうのがあるし、自分がされたらイヤだなというのもあるし、そういうことを考えながらやっている。で、守備の局面があるわけで、守備は前から一緒のことをやっているつもりではいるんですけど、周りの人が前とは違うというのなら、前とは違うわけであって、自分の中の意識は変わってないです」
どこまでも意識に変化はないの一点張りになるが、そうであるなら、もともとの意識は、今のプレーからわかる通り、チームへの貢献度の高いものだったということかもしれない。気持ちにプレーが追いついてきた、というところだろうか。
また、簡単なゴールより、技術やアイデアがひとつ必要な得点ほど決めるのも、田原選手の魅力のひとつ。
「そうですね、難しいシュートが得意なわけじゃなくて、入るんですよね、おかしなことに。自分の場合は、下手にコースを狙っちゃうと狙いすぎて外すという部分がある。おかしなフォワードです。
シュートを打つときは、何も考えてない。ゴール前に戦術も何もない。そこは本能であるべき。ただ単に身体がボールに反応しているだけ。だけど、中盤まで、シュートにどうやってもっていくかというところには戦術があって、そこはチームの戦術が優先されるべきだと思う。ずーっと戦術のことばかり考えながらやってても、フォワードとしては良い仕事は絶対できないから、いろいろ織り交ぜながらやってます」
ゴール前は、本能で行く。それがボールを持った時に輝きを放つプレーの秘密。しかも、戦術と両立させ、バランスをとっているからこそ、チームへの貢献度も高いのだ。今季のゴールで、一番“らしい”ゴールを挙げてもらおうとしたが、
「何が“らしく”て、何が“らしくない”のか?結果を出していること自体が“らしい”のか、“らしくない”のか。チーム戦術に忠実なのが“らしい”のか、“らしくない”のか。見る人によって印象が違うと思うから、だから自分らしいゴールというのはわからない。とりあえず自分が決めたゴールはすべて印象に残っています」
と笑ってはぐらかされた。
自分が何をどう感じているか、ということに敏感で素直。その柔らかい感性が本能と直結した時、観ている者の意表をつき、スタンドが沸くプレーが生まれる。ピッチ内で見せる豊ワールドは、まだまだ奥が深そうだ。
今はただ、無神経にサッカーをやる。
考えるべきは、今、この試合に勝つこと。
京都サンガでJ1昇格を2度経験している田原選手。その経験から、昇格争い終盤へ向かうチームについて、冷静なまなざしを向けていた。
「自動昇格もあったし、入れ替え戦もあったけど、昇格自体は間違いなくみんなにとっていいことであると思うし、そのチャンス、切符を手に取れる順位にいる。こういうチャンスを最後まで継続して、最後には取れるようにみんなが心がけてやっていくのが大事。だけど、終盤になってきて昇格がかかってくると、いろんなプレッシャーがかかってくる。でもそれに負けずに、ただサッカーをやる。いい意味で人の意見は聞かずに自分のやることをやればいい。先のことは今考えることじゃなくて、今考えるのは勝つこと」
京都で昇格を経験した時も、そうやってきたのだという。
「今はただ、無神経にサッカーをやる、勝ち点3を取る試合をする。この場を楽しんでいるようなチームではないと思う。サンガの時は、そういう部分でこの順位、昇格争いを楽しんでいるっていう部分があったけど、今はそういうのではなくて、どちらかというとプレッシャーが強いと思うから、そのプレッシャーをどう回避するかっていったら、ただサッカーをやることだと思う。実際そうだから、それを考えた方がいい」
終盤戦、昇格を争うさなかにいるプレッシャー。そういったものを感じるような繊細さや、楽しむような余裕はこの際、いらない。今は、目の前の試合にただ勝つことだけに集中することだけをやればいい。
「今はまだ1試合でひっくり返せるっていうのがあるからプレッシャーはそんなに感じていない。ヘマをしなかったらいいってこと。やっぱり昇格をするのには、こういう苦しい経験っていうのは必要だから。いい経験です」
サッカー選手であれば、誰でもJ1の舞台でプレーをしたいと笑う。ベルマーレのチャンスは、田原選手にとってももう一度J1の舞台で戦うためのチャンス。何があってもモノにしたい。だからこそ、その気持ちをサポートしてくれる人たちにこう語りかける。
「ベルマーレは、今年は昇格争いをしてすごいチャンスが目の前にある。残りわずかになってきたけど、このチャンスを是非ものにして来年J1で戦いたいと思うので、応援してくれる人たちも最後まで選手といっしょに頑張ってほしい」
語り口調は冷静でも、やはりサッカーへの思いは熱く、J1の舞台に戻りたいという願いは隠さない。そこまで田原選手をとらえてはなさいサッカーの魅力とは、どんなところにあるのだろうか?
「同じパターンが絶対に存在しないっていうところとか、1点の重みのすごさ。その中で身体をぶつけ合う激しさ、相手との駆け引き。駆け引きは、ボールを持ってる人だけじゃなくて、持ってないとこでも行われている。他のスポーツはわからないけど、サッカーにはちょっと奥が深いものがあるかなと思う。テレビの画面上では見えないことであったり、そのへんですね」
テレビ中継は、ボールを中心に試合の流れを追う。が、スタジアムで観戦したことがある方なら誰でも知っている通り、ボールがないところにこそ、サッカーの醍醐味が息づく。
「1点の重みもすごい。野球は満塁ホームランがあるから一発逆転があるけど、サッカーにはない。1点でゲームが決まるし、1点差ゲームは多い。価値ある1点を争うスポーツ。自分はフォワードで、その1点を取る機会が多いけど、その1点を与えない仕事をメインにしているのがディフェンス。自分も守備はするけど、最終ラインやゴールキーパーがその役割を果たしてこそ。みんながその局面局面で主役になる。それがサッカーのいいところ。
それに野球は決まったところから投げて打つけど、サッカーは決まったことがない。常にボールスピードも違うし。無限大なスポーツだなと思う」
今日の試合は、どのポジションの選手を主役に仕立てて観戦しようか?そんな楽しみ方もあることを教えてくれた田原選手。できたら毎試合価値ある1点を決めて、常に主役を張り続けてほしいと思うのは、虫の好い願いだろうか?
ぐるぐるぐるぐる考えて。
矛盾を生きてます。
サッカーのこと、ゴールのこと、昇格のこと。どれをとっても当たり前の答えが返ってこない田原選手。プライベートな部分にもこだわりがあるのか、リラックス方法を聞いてみた。
「何も考えない。のほほーんとして、良いことしか考えない」
これこそは、イメージ通りの答えではないだろうか?そしてイメージ取りの答えが返ってきたのは、多分初めて。でも、今までの話からもわかる通り、田原選手は常にいろいろなことに考えを巡らせている。つまり、この答えは矛盾しているのだ。
「そうなんですよ、考えることが好きなんです。数学以外は“絶対”はないから、結局はぐるぐる考えている。矛盾なんですよね。世の中、矛盾で成り立っていて、人間は矛盾を生きている。だからぐるぐる考えるけど、考えるなら何かしらプラスになるように、いい方向になるようにぐるぐる回ってる。だから、リラックス法は何も考えないというけど、何も考えないということ自体がもう考えている。だから無難な答えとしては、『自然体でいること』でいいんじゃないですか」
自然体であるのは確か。矛盾を抱えて生きる田原選手の夢のひとつに、本を書くというものがある。そこで、どんな内容の本を書きたいのかを聞いてみた。
「人間っていうか、日本人は特に常識にこだわりすぎている部分があるから、そういうのを覆す本を書きたい」
覆したい、日本人の常識とは、
「世の中にはいろいろな成功パターンがあるのにも拘らず、何をしたらいい、何をしたらダメ、そういうことをよく言う。何が正解で何が不正解なのか、わかっていてそれで成功できるんだったらみんなやっているわけであって。みんなそれぞれ独自の考え方で成功していくわけだから、決まりに左右される人たちをギャフンと言わせたい。そういう本を書きたいです」
ただし、成功本を書くためには、自分が成功しなければ説得力がない。だから成功したいと願っている。
「サッカーの選手として成功するのもそうだし、それが一番いいことなんだろうけど、それ以外でもなにかしら、ね、いいことがあれば。出す機会があれば出したいっすね」
成功の第一歩は、J1の舞台への復帰だろうか。その夢が叶えば、独特の感性で自分の中の不思議な世界を生きる田原選手なら、本を出すチャンスも回ってきそうだ。
取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行