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【ボイス:7月18日】山口貴弘選手の声

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 首位という好成績でリーグの前半戦を終え、第2クールに入ってもしぶとい闘いぶりで昇格争いの渦中で存在感を放つベルマーレ。今季迎えた反町監督の手腕によるところも大きいが、ベルマーレで何年かプロ生活を送ってきた選手たちにとっては、昨年、一昨年と2年間にわたって昇格に絡み続け、苦しい試合を闘ってきたその経験が糧になっていることも見逃せない。
 今回のボイスは、プロ生活をベルマーレの昇格争いとともに歩んできた山口貴弘選手に注目。熾烈なポジション争いや反町監督との心理的な駆け引きなど、苦しさと楽しさが同居する3年目のプロ生活や、現在のチームの状況について話を聞いた。

voice_090718_041勘違いは絶対にしない。
ひたむきに走り続けるだけ。

 山口選手がベルマーレに入団したのは2007年。この年は、常にJ1復帰を大命題に掲げながらもなかなか結果が出せずにいたチームが、それまで蓄えてきた力を少しずつ発揮できるようになり、『昇格』という言葉が絵空事ではないと思えるようになった最初の年。リーグの中でも上位が定位置となり、J1復帰が現実味を帯び始めた、その過程の2年間が自身のプロとしてのキャリアと重なる。
 そんな経験を積んでいるせいか、今ベルマーレが首位にいることについても冷静だ。

「首位であることはすごいことですよね。でも僕は別に今の時点では順位については何とも思わないですけど。僕らはセレッソ(大阪)みたいなチームじゃなくて、もっとひたむきにやるしかないチームだと思うし。まだ第1クールが終わっただけだよっていう感じですね。みんなも多分。
 去年も悔しい思いをしているし、一昨年もしているし、だから絶対勘違いしない。特に僕はうまい選手じゃないからひたむきに走るしかない。
 サポーターも含めてみんなのおかげでここまできた。だからこれからもみんなで頑張っていきたい」

 浮き足立つような周囲の期待と自らのプレッシャーに飲み込まれた昨年までの闘いを経験した選手は、地に足をつけて自らを省みることができるようになっていた。最後にそこにいなければ、意味はないと。

「どこのチームもそれはあると思うんですよ、仙台だってJ2が長い。良い位置まで来ても上がれない。だから仙台もそういう思いが人一倍強いチームだと思うんです」

 今、上位にいるのはそんな思いの強さも糧にして闘っているチームばかり。その中で勝利を手にしていかなければJ1昇格は果たせない。
 しかし、そんな毎日の中で山口選手が闘っているのは昇格のライバルではない。

「日々自分と闘っていくしかないですよね。自分に鞭打って、そこで甘えたら負けですからね。特に今日みたいな普通の走りとかは自問自答して走らなきゃ」

 この日の練習は、走ることが中心のメニューだった。夏場に向けて暑さの中でも90分間走れる体力を作り上げる。とはいっても、手を抜くこともできる。ただし、ダイレクトに自分に跳ね返ってくるのだが。

「自分に負けるな、どうなりたいんだってブツブツ自問自答しながら走ってます。そうしないと走れない。誰と闘うではなくて、自分です。それに、今日もちょっと監督から『試合に出ているヤツの方がガンガン走っていて、出てないヤツが走ってない。もっと必死になれ』って檄を飛ばされました。そういう気持ちがあるようなチームじゃダメですね」

 反町監督が檄を飛ばしたのは山口選手にではなく、チーム全員に対して。試合に出るメンバーがやや固定されてきた感があるこの時期に、試合に絡めないことで温度差を感じさせるような選手がいるようでは、昇格どころか51試合あるJ2リーグを最後まで息を切らすことなく闘い抜くことは不可能だからだ。

 インタビューを行ったのはミッドウィークに第19節の熊本戦をホームで闘った後の6月6日土曜日。この試合、山口選手はスタメンで出場していた。しかし、チーム内の活性化とポジション争いの強化、そして山口選手のもう一段の成長を促す意味もあるのだろう、その後の試合からは山口選手に代わって怪我の治った鈴木伸貴選手がスタメンとして出場している。
 自分の目指すところを自分に問い続け、そのために必要なトレーニングに正面から取り組む山口選手。次のチャンスでどんな勇姿を見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。

voice_090718_03『守ってるだけじゃおもしろくないだろ』
攻撃面でのプラスαを自分自身に求めて。

 今季、山口選手が試合に出場した時に担っているのはサイドバック。本職はセンターバックだが、ルーキーイヤーからサイドバックも兼ねている。出場した試合数を数えれば、サイドバックが本職と思っているファンも多いのではないだろうか?
 山口選手自身は、

「開幕当初は自分がどっちのポジションをやるのかわからなくて、自分の中でも迷ったところはあるんですけど、どのポジションをやっても試合に出る事が一番大事だから。ただ、試合に出られている間は良いですけど、ノブ(鈴木)は攻撃力があるし、ディフェンスもある程度できるし。客観的に自分を見て危機感はある」

 実際にこのインタビュー後の試合で、鈴木選手がサイドバックのポジションを奪い、スタメン出場を果たすことになった。しかし、スタメンを鈴木選手に譲りながらも山口選手は本来のセンターバックとサイドバックの両方で練習試合に出場してユーティリティぶりを発揮し、虎視眈々とポジション奪回を狙っている。
 自分に対する評価としては、

「サイドバックだったら幸平さん(臼井)みたいに攻撃に絡んだりしたいんですけど、いかんせん攻撃のセンスがあまりないとういか。走力はそこそこあるのである程度攻撃に絡むことはできているんですけど、もうちょっと得点に絡まないと意味がないというか。やっぱりアシストするなりの結果を残さないと、プロとしてはダメだと思う。
 あとはセットプレーで点を取れるようにならないと、ここのポジションをガッツリ掴むっていうのは難しいと思う」

 反町監督は特別なことは言わない。

「試合前に言われることはだいたいディフェンスのことが多い。相手にしっかりついてやらせるな、とか、クロスの対応をしっかりやれとか。攻撃はシンプルにはたいて出て行けとか。最低限はできていると思うけど、プラスαが自分的にも欲しい。
 守備ももっと改善するところがある。数的に不利な状況など、いろいろな状況に応じて対応できないとダメですね、このポジションは。
 自分で意識しているのは、守備で絶対やらせないのと、攻撃ではセットプレーで上がるのでそこでチャンスがあったら絶対に点を取りたいと。そういうイメージはあるんですけど。やっぱりプラスαプラスαを求めますね」

 そうはいっても開幕時、反町監督が山口選手に求めていたのは守備面での貢献だったよう。

「『幸平が結構前へガンガン行くから、その上がったところをお前がちょっとしぼってカバーしろ』っていうことだったので、そういう役割で良いんだってその時は思いました。
 でも、今は例えばみんなで対戦相手チームのビデオを観てる時に監督が、『サイドバックなんて守ってるだけじゃおもしろくないだろ』て言うんですよ。別に僕に言ってるんじゃないんだけど、そう言われたら悔しいから上がるぞ!って思うじゃないですか」

 何気なく反町監督がつぶやく一言をヒントに、山口選手自身、自分への要求が高くなっているようだ。

「うちの攻撃が相手より人数を多くして攻めようっていうコンセプトでやっているので、やっぱり中盤がボールを持ったらできるだけ自分も顔を出して、引きつけるだけでもいいから走ろうと思う。
 逆に言えば、そういう点では走力はそこそこあるので、そこで走らないと自分は何をしているんだってことになっちゃう」

 自問自答を繰り返し、プラスαを自分自身に求める日々は続きそうだ。
 また、ピッチの真ん中を攻略していく反町監督のサッカーの中では、サイドバックとしてのジレンマもある。

「サイドを上がってもパスは出てこないですね(笑)。でもまぁサッカーの原則からいったら真ん中から攻めた方がいいじゃないですか、近いから。そこで相手が真ん中に集まったら外に出してくれれば良い。
 だから自分がサイドを上がってパスが出てこなくても、その攻撃をやりきってくれたら良いと思う、シュートで終わるとか。でもこれが途中で取られてカウンターとかになったら、そのまま最終ラインまで下がらなければいけない。練習の時も、そういうシーンでは、『サイドバック戻れ!』とか、『ヤマ、切り替え!』って絶対に言われます。『サイドバックの宿命だ』とも。
 でもこのチャレンジで自分のプレーの幅が広がれば良いと思うし、自分に与えられた試練じゃないですけど、そういう風にも感じています」

 とにかくここで一歩成長を果たしたいという強い思い。そんな思いが言葉の端々からこぼれ落ちていた。

voice_090718_02褒め上手の落とし上手。
ジタバタしても、監督の掌の上?

 監督との直接対決というよりは、場外バトルの駆け引きに、影響を得ていそうな山口選手。実際、反町監督からの影響はどんなものなのだろうか?

『反さんは、意外と褒めてくれるんですよ、それもきちんと『すばらしい!』と言ってくれる。とにかく褒めるところは、声を出して言葉にして褒める。ミスも責めないし、自由にやらせてくれます。でもすごく良く見ています、しっかり。ミスを責めることはないけど、同じミスは繰り返せない。厳しいです」

 褒められれば自信もつくし、ミスを責められなければさらにチャレンジ精神が生まれる。そんな相乗効果を実感している。もうひとつ、反町監督のすごさを感じているのがデータ収集と分析力。

「監督はとにかく分析力がすごい。試合前には、『こういうプレーを何パーセントくらいやってくるから』みたいな感じなんですよ。で、試合をやってて、『あ、本当だ、こうやってきた、監督が言った通りだ!』みたいな感じ。だから試合中はそんなにバタバタしないというか。『あー、やっぱりこれやってきたね』っていう感じ」

 相手チームをスカウティングするだけじゃない。だからどうすればいいのか、先の先まで導かれている。

「監督の言うことって、当たり前のことなんですよ。でもそれが正しいことを言っているからズシッと来ます。『おっしゃる通り』という感じで。試合のビデオを見て、ミスのところで『これこうだからこう、こうじゃないだろ?』と分析されて指摘されたら、『はい、こうじゃないですね』となる。
 すべてのことが原理原則に則って言われるからみんなも納得する。理不尽じゃない。でもやっぱり、指摘されると悔しいんですよね…」

 そんな悔しさが向上心に火をつける。つまりは良い循環の中にいるということだ。

「やっぱりみんなが同じ方向を向いているし、自分の仕事をそれぞれ果たせている。だから、『ああ、今日消えちゃってたね』という選手が居ないというか。みんながみんな機能しているから、こういう結果が出せているんだと思う」

 山口選手の言葉から伺えるのは、監督と選手の間に通じ合う信頼の心。ここからどんな成果が現れるのか、さらに楽しみになってくる。

voice_090718_05メンタル的に鍛えられたゴールデンウイークの5連戦、
休むことの大切さを実感。

 51試合のリーグ戦。普段の生活で心がけていることはというと、

「空いている時間は、基本的に身体を休めるのが第一で、余裕があったら風呂とか温泉に行ったり、それでも時間があれば買い物に行こうとか。とにかく身体を休めるのが一番ですね」

 もともと身体を休ませることは大切に思っていたが、メンタル面にとっても休みが重要なことを、今年のゴールデンウイークに痛感した。

「今年は特にキツイですね。なかでもゴールデンウイークの5連戦は、体力もそうだけど、精神的にもきつかった。
 特に僕の場合は、チームが勝っていることより、負けたら自分がスタメン落ちだというプレッシャーもあって、この1試合に賭けないと!という試合が毎試合毎試合やってきた。それがきつかったです。
 でもそういう試合前に感じる不安は、誰にでもあると思うんですけどね」

 試合が週に一度の時は、どんなに不安になっても、それを拭い、リラックスできるようにリフレッシュする時間もあったが、この時は中2日で4試合、中3日で1試合と怒濤のようなスケジュールで試合が行われ、心を休める暇がなかった。

「アウェイ、アウェイで移動してまた試合。不安を拭う暇もなくて、メンタル面がきつかったですね」

 身体を大切にしているといえば、気になる食事は朝食以外はすべて外食派。でもしっかり栄養バランスには気を遣っている。

「外食でもやっぱり野菜は気を遣って摂ります。サプリメントも1日に必要な分は全部摂れるように飲んではいるんですけど、でもやっぱり食べ物から摂る方がいいから。
 朝ご飯は作ります。納豆、卵、ご飯にヨーグルト、もずく酢、牛乳、ミルクティー。
 監督も『サッカー選手は、練習して飯食って寝ることだけだから』って言います。本当に練習しなきゃダメだって。それと同じくらいに食事も大事。自炊はしなくても、そこは大切にしています」

 普段、時間があってリフレッシュしたい時に出かけるのは、ビナウォーク。

「映画も空いているし、ショッピングも空いているし、ちょっとゲームしたり、とか何でも空いている。東京出身なんですけど、東京って何でも混んでいるのでこういうのが良いですね」

 プロのサッカー選手であることに誇りを持って、できる限りを尽くしている山口選手。立ち止まったり、躓いたり、道はまっすぐじゃないところもまたベルマーレというチームに重なる。しぶとい反骨精神でチームに力強さを与えてくれている山口選手の今後の活躍に期待したい。

取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行