ボイス
【ボイス:6月27日】野澤洋輔選手の声
2000年シーズンからJ2リーグで闘う湘南ベルマーレ。今季指揮官に迎えた反町監督とは、監督が2001年シーズンから指揮を執ったアルビレックス新潟がJ2にいた3シーズン、敵将として顔を合わせている。その戦績は16試合を闘い、2勝3分11敗と、圧倒的に新潟に軍配が上がる。
アルビレックス新潟での反町監督の足跡を辿ると、監督に就任した2001年シーズンはJ2リーグ4位、2002年シーズン3位、2003年シーズンは優勝と確実にステップアップを果たし、現在ではJ1リーグで上位を争うチームに成長している。その礎を築いたのが反町監督といっても過言ではないだろう。
ベルマーレからすれば、その過去3シーズンの闘いはその戦績が物語る通り、あまり思い出したくない記憶。その記憶を掘り起こし、もっとも印象に残る選手の名前を思い返してみると、必ず挙るのが攻めの要の寺川能人選手と、守護神・野澤洋輔選手だ。
今季、ベルマーレに加入したこのふたり、敵として闘うには、嫌な相手だったが、味方に迎えてしまえばこれほど心強いことはない。
そこで今回のボイスは、反町監督とともにJ2リーグを闘い、J1昇格を勝ち取った経験を持つ野澤選手に話を聞いた。
昇格に向けて必要なのは、
毎試合が絶対に負けられない試合だという心構え。
野澤選手と寺川選手の移籍が発表されたのは年が明けてすぐ。反町イズムを知るベテランとしての経験を期待されてのオファーであり、加入だった。
そしてこの2選手は、キャンプから期待通りの存在感を放ち、開幕戦からスタメンに名を連ねた。そのプレーぶりを今さら語る必要はないだろう。献身的な姿勢に誰もが好感を持ち、まるで古くから在籍している選手ように信頼を寄せている。
「新しいチームに来たけど、このカラーに合わせなきゃ、ということは感じず、すぐに溶け込めたというか。本当にこれは1年目なのかな?というくらいの雰囲気でやっていけているので非常に良い環境だと思います。相手あってのことなので、チームの仲間の気遣いは大きいと思います」
野澤選手自身も居心地の良さを感じている。また、サッカーにも集中できているのだろう、安定したプレーで守護神として思う存分力を発揮している。
「こうやって試合に出させてもらって、周りのいろいろな方にすごく感謝をしています。チーム内でポジション争いはありますけど、ひとつのチームとして、キーパーコーチと他の3人のキーパーにも感謝しています。
これまでの自分のパフォーマンスというのはまだまだですけど、個人的なことだけじゃなくて、ディフェンダーとの連携とかコミュニケーションをよくして、ここのところ続いているような失点がないようにしたいですね」
第1クールは守備が堅いと評されたベルマーレだが、第2クールに入ってから気になる失点が増えている。そういう意味でもコミュニケーションは欠かせないという。
「単純にフリーで打たれたら小学生にだって決められてしまうような弱いポジションなので、ディフェダーとの連携があってこそ自分の仕事ができるというか。ドリブルで抜かれて1対1になったらなかなか難しいところがあるので、そういう意味では一人で守っているという意識はないです。
ただ、コミュニケーションと言っても話して『ああしよう、こうしよう』ということだけじゃなくて、試合の中で言葉は交わさないけど、お互いがプレーをするなかで通じ合っていくというのもコミュニケーションのひとつだと思うので、試合を重ねて、1試合ごとにみんなで成長していければ良いなと。
だいぶ特徴もつかんできてますし、始まった当初に比べるとお互いがお互いのプレーを理解したうえでのプレーができているので、突き詰めていって、90分の試合の中で集中を欠かさないように、あとはそういう声を出すだけ、ぐらいになれれば良いと思います」
また、4シーズンぶりに同じチームで闘うことになった指揮官・反町監督の指揮官ぶりについて、新潟時代と比較しながら語ってもらった。
「基本的には変わってないです。気持ち的にも、身体的にも、アグレッシブにボールを奪って、ゴールを守るのではなく、得点を狙いにいったうえでのディフェンス、だとか。今の戦術については、細かいことを言うといくらでもあるんですけど、ディフェンスの部分でのやるべきことは、はっきりしています。
オフェンスになると、逆にヒントというか、そういうのはもちろんくれるんですけど、あとは自分たちで考えろと。グラウンドに入ったら自分たちのやりたいようにやれと、僕たちに責任を与えてくれて任せてくれている。これは、やっている僕らとしても楽しい。そういう意味ではすごく信頼もしてくれているし、一人ひとりみんな、そういうところを感じているんじゃないかと思います」
選手の自主性を重んじる反町監督の指導法。そこに、選手自身がやりがいを感じるという。実際試合中も、反町監督がベンチから離れるシーンは、あまり見られない。
「試合中も、『ああ動け』だとか『こうしろ』だとか、そこまで言わない。そういう意味では、自分たちで考えてやらなければならないし、考える力も上がってきている。お互いの信頼感があると思います。
それに失点しても、失点した時に『なんだよ』というのではなく、『勉強になったな』という見方をしてくれる監督。それを学んで次に活かせよという」
反町監督のそういった姿勢は、野澤選手に大きく影響を与えているようで、野澤選手が試合後に口にするコメントからは、敗戦や引き分けた試合を活かせたという言葉が語られる。闘う選手自身が経験を糧にしていることを感じられていることに、大きな実りが期待できるのではないだろうか?
今現在、反町監督からの言葉でもっとも印象に残っていることはというと、
「毎試合毎試合勉強になるんですけど、常に言ってくれているのは、『今の位置を継続しようとすると、人間は落ちていくだけだから上を目指せ。上を追求していくから徐々に上がっていけるんだ』ということ」
J1昇格に向け、上位を争う今の闘いぶり。しかし、首位にいればOKなのではない。自分たちがどう向上したいのかが問われているのだ。
が、そうはいっても実際闘っている選手たちがどう感じているかも気になるところ。
「手応えというものは非常にあります。あまり順位は気にしてないですけど、どの相手に対しても勝つことができると。自分たちのベストの試合が毎回できれば全勝できるじゃないかというぐらいの手応えがあります。だけど、そううまくはいかないのがサッカーで、負ける試合も出てくる。だからベストの試合を毎試合できるようにやっていくだけですね」
実際に新潟時代に昇格を経験している野澤選手。何が必要だったか、振り返ってもらった。
「強いメンタリティと、毎試合が絶対に負けられない闘いだという心構えが必要だということと、これから夏場のきつい時期に入っていくので、相手よりも走って、走り勝たなければ勝利はついてこないということですね。
それが出る試合は結果に現れていると思う。引き分けや敗戦については、それが出せなかった試合。とはいえ、相手がいることなので、多少合わせてしまったり、コンディションの問題もあるのですべてが気持ちの問題とは限らないと思います。でもチームとして、自分の役割というものを考えてプレーすることは大切だと思います」
アルビレックス新潟は、そういったハードルを越えて、昇格をつかんだのだ。野澤選手自身、それを体感しながら闘っていたのかと思うと心強い。しかし、ベルマーレが実際にそこまでの力があるのかというと、未熟な部分があるのは否めないのでは?という疑問がわいたが、野澤選手からは意外な言葉が返ってきた。
「今の方が手応えがあります、個人的には。6年前、がむしゃらにやっていた頃というのは、周りも見えずに突っ走ってきたところがありますけど、今はちょっと周りが見渡せるようになったので、そういう意味で今の自分というのを地に足をつけて見て、自分たちの実力についてそういう判断に至っている。
それは安心とは違いますし、逆に危機感というか、そういうものは今の方が大きい。出だしで失点するようなことが続くと、危険だぞ、というようなことも感じます」
プレーヤーとして、人間として積み重ねた経験によって磨かれた感性が察知する危機感と手応え。自信を培いながらも慢心しない注意深さも兼ね添えた、独特のリーダーシップも野澤選手の魅力のひとつだ。
1試合でも多く勝利のダンスができるように、
スタジアムで応援してほしい。
試合前にグラウンドに練習に出てきた時の挨拶から始まって、試合開始直前の円陣やゴールマウスへの挨拶など、何かと行動が気になる野澤選手。試合中もセービング以外に、見逃せないパフォーマンスを繰り広げている。どんなパフォーマンスかといえば、それはぜひスタジアムに足を運んだときに野澤選手に注目して確かめてほしい。そのことについて尋ねると、
「自分の中では普通のこと。でも意識してやってはいます。サポーターが楽しんでくれれば良いなと思うくらいですけど」
真剣勝負の緊張感を、野澤選手らしいユーモアにくるんで、スタジアムの空気をリラックスした雰囲気に変える。野澤選手を見ていると、熱くなりすぎて力が入った肩がふっと楽になり、新鮮な気持ちで再び真剣勝負を応援できる。
そんな効果をもたらす野澤ワールドは、選手にしか聞こえないピッチの中の方が強力なようだ。例えば、
「この間の富山戦で自分で言ってちょっとヒットしたのは、残りがまだ15分あった時に上がっていって、幸平(臼井)に、『あんまり頑張るなよ、俺らもうアラサーなんだから』と言ったことかな」
話題に上がった富山戦は、ベルマーレの攻撃がはまり、最終的に5得点を挙げて勝利を収めた試合。この日、臼井選手は、ゲームキャプテンを務めていた。以前にゲームキャプテンを務めた試合で敗戦していたため、負けたくないという思いは人一倍強かったのであろう、4得点を挙げて勝利を確信したあともサイドを駆け上がっては攻撃に絡み、戻っては守備に貢献していた。暑く、湿度が高いピッチで責任感を背負って走り回る臼井選手がいた。
「あいつまじめだからね、ガンガン行くから。アップダウンして活躍していて、でも肩で息をしていたというか、ああ疲れてるな、というときにまだ15分あったので。お前もうちょっと頑張らなくていいから、体力温存しておけよという意味でそう声をかけた。そうしたらすごくリラックスしてプレーしてたし。
そういう声をかけるのもキーパーの仕事だと思う。言葉はそれぞれキーパーによって違いますけど、挨拶でも何でも声に出していても、相手に聞こえなければ挨拶にならないし、指示も声を出していても聞こえてなければ指示になっていないわけです。ちゃんと頭で理解するというか、意識に入れてあげるような言葉の出し方をしなければ意味がない」
そう考えた結果が同い年の同期だからこそ言える『アラサー発言』。最後尾からすべてを見渡すポジションにいる野澤選手ならではの言葉だ。
「あの時はたまたまちょっと余裕があったので、そういうことを言っただけですけど、そういう冗談みたいないことじゃなくても、普通の指示の声でも伝えるにということに気を遣って指示するようにしてます」
ゴールマウスを守るために、最優先でやるべきことは頭と声を使うこと。
「周りのみんなが気持ちよく、自分のいいプレーを出すことによってコーチングの声以外のプレーも減ると思うし、それが一番理想というか。決定機を作られないという意味では一番良いことだと思う。何もしていない時の方が、自分は調子がいいんだよという風に思っていたいですね」
野澤選手ひとりのものではないが、もうひとつ、ベルマーレに欠かせないパフォーマンスに勝利のダンスがある。
「サポーターのみんなが本当に応援してくれるから頑張れる。試合が終わったあとの勝利のダンスは僕も大好きなので、1試合でも多くダンスができるように、そしてたくさんの人とやれたら良いなと思っているので、スタジアムで応援してくれたらうれしいです」
野澤選手のビッグセーブがクローズアップされる時より、ディフェンスの選手が気持ちよくプレーしている方が結果的に良い、ということ。声は聞こえないまでも、野澤選手が試合中にどんな風にディフェンスラインをコントロールしているのか、ぜひスタジアムで確かめたい。そして勝利のダンスもスタジアムにいてこそ。テレビには映らない楽しみをその目で確かめてほしい。
恋人は、HARU。
料理は、意外と研究熱心?!
現在は、平塚でもうすぐ3年のつきあいになる恋人とふたり暮らし。
「名前はHARU。ミニチュアシュナウザーです」
野澤選手が練習に出ている間は、おとなしく家で留守番をしてくれているので、休みの日や空き時間は、もっぱら愛犬HARUの散歩につきあうことが多いようだ。
「グラウンドで思いっきり遊ばせたいなと思いますけど、馬入にはまだ連れてきたことがないです」
恋人は料理が苦手ということで、自炊と外食はどっちもあり派。
「1週間に2回くらい自炊して、あとは誰かと食べにいったり、ひとりで行ったり」
自炊する時は、土鍋でご飯を炊くというから、本来料理は嫌いじゃないよう。しかも、
「最近炊き込みご飯にハマっていて。何を入れたらうまいかなって、いろいろやっています」
というほど、研究熱心。加えて、炊き込みご飯に入れる具材がなかなかのチャレンジャーな点も見逃せない。
「トマトとチーズを入れて炊いたらちょっとリゾット風になっておいしかったです。たくあんは、………おすすめしません。たくあんと納豆はダメですね。味はあまりかわらなかったけど………」
生きていく上でのこだわりはないのがこだわりだという。
「社会人として、普通の生活を送れるように心がけています」
今年、30歳。チームメイトへの愛情深い接し方やチーム力を分析する冷静な視線から伺えるのは、良い年齢の重ね方をしてきているのだろうということ。これからも野澤選手のプレーと発言に注目していきたい。
取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行