ボイス
【ボイス:3月28日】曺貴裁監督の声
前へ向かう強い意志を持ったスタイルで、2012年シーズンを駆け抜けたベルマーレ。
勢いのままたどり着いた先は、J1というステージだった。
昨年に引き続き指揮を執るのは、シーズン前の大方の予想を覆したばかりでなく、
90分間足を止めることなく真っ向からゴールを目指すサッカーを体現し、
攻撃的なスタイルの新境地を拓いた曺貴裁監督。
2013年シーズン、そのスタイルに変化はあるのか?
初めての高いステージへの思いには、曺監督が目指す未来の行方が宿る。
J1昇格を引き寄せたのは
100%で頑張る集団の強さ
2012年シーズン、開幕を前に曺貴裁監督は、チームを指揮するにあたって、「自分が、この選手たちとやったら、『絶対、こうできるはずだ』っていうものにトライしたい。だって、監督として『やれる』って確信しているんだから。『しつこいくらいにボールを取りにくるな』『切り替えが速くて、疲れるな』『取られたらすぐゴールに向かってくるな』『すごくイヤなところでボールを動かされるな』とか。そう相手に思わせることができるチームにしたい」と、語った。2013年シーズンを迎えた今、昨年を振り返って、
「できたかどうかは、わからない。でも、僕がそういうチームにしたいということを選手は理解したと思う。
できていたとしたら、それは全部選手ですよ。『お前ららしくないぞ』と言ったときの『お前ららしさ』というのは、キーワード。僕がそう思っていることを、選手が『そうだな』って思ってやってくれただけで、僕が何かをしたとか、仕向けたってことじゃない。選手が日々の練習や毎回の試合で、自分で感じて伸ばしていってくれた。でも、俺が押し付けたものじゃなくて、彼ら自身も『そうだな』と思ってプレーできるようなチームにしたいと思っていた」
プロのチームを率いたのは初めて。ユース、ジュニアユースなどで監督を務めたときと変わらない気持ちで臨んでいたが、それでもプロのステージでは違いを感じた部分もあった。
「結果ややることに対しての責任が重いなと感じることはたくさんあった。それにやっぱり監督っていうのは、考えることや一挙手一投足がチームに反映されていくんだなというのを改めて思いました。ちょっと抽象的だけど、監督という立場は、自分の良いところばかりなら楽しいんだけど、自分の準備不足や足りないところがまたグラウンドに出る」
曺監督は、試合に向かうトレーニングを節ごとに紡ぐストーリーとして捉えている。
「試合のパフォーマンスって、オフをはさんだ週明けから全部繋がっている。それこそ直前のミーティングまでストーリーが全部できてないといけない。だって、直前のミーティングだけ頑張れって言ったって、選手は頑張れない。
だからと言ってそのストーリーも、最初から決められたものでは全然ないんだよね。試合が終わって、そのビデオを観て、こういうことをこういうふうに選手に伝えていこうと考え、トレーニングや生活の中で選手の反応を見て、方向を微妙に舵調整する。火曜日に決めて、土曜日にそうなりましたっていう大筋は作っているけど、やるのは人間だから、伝えたいことが思い通りに選手に入ったり、うまく入らなかったりする。だから、今日は、リラックスする日とかさまざまな要素を取り入れながら選手にうまくアプローチしていかなければならない。
例えば、練習で戦術的なことを自然に選手に落とせて、それが自然に出た試合は良い試合だったって思える。逆に、改めて相手の特徴をしっかり伝えて試合に送り出したほうが自分たちの良さを出すことだけに傾きすぎないで良かったかもしれないという場面もあった。
勝っても負けても、『こうしておけば良かった』『ああしておけば良かった』というのは、いつも思う」
曺監督と選手の思いがひとつになって築き上げられたチームは、90分に渡ってコンパクトフィールドを実現し、そのプレーの特徴を集約して、湘南スタイルと呼ばれるようになった。それを1シーズン貫き通した結果、昇格という想像以上の成果を手にすることができた。
「昇格については、実は昇格できると思っていて、それを口に出さないで『GET3』って言っているのなら良かったけど、実際そうではなかったから何も言えない。でもひとつ言えるのは、1試合1試合、選手がいろんなことを感じて、実践していくことの強さや、その集合体は、そういうことを生み出すんだなと、改めて勉強になりました。日々成長する、1試合ごとに成長する集合体は、それくらいの力になるんだと。逆に選手に教えられた感じ」
平均年齢23歳でスタートした2012年は、「育成に比重を置いた年になる」。きっと、監督と選手以外の誰もがそう思って始まったシーズンだった。
「そもそも論で、このチームは『強い』『弱い』っていう感覚って、多分合っていると思うんです。このチームはこういう選手とこういう選手がいて、だからチームの力はこのくらいって思う感覚。でも、そのチームの100%が出るかどうかはまた別。僕たちのチームは、そういう意味で力が、J2にはあまりいないけど代表選手もいないという中でのスタートだった。その選手が懸命に頑張ったときの強さっていうのが、やっぱりあると思います」
懸命に頑張り、常に100%以上であろうと強さを発揮した選手たち。その成長について曺監督は、
「思った以上に成長してくれたなとも思っています。もう一方では、あれぐらいはできるとも思っていました。というのは、あれぐらいはできると思っている選手でもできない場合もあるし、思っていた以上に成長する場合もある。でも、どちらも僕の思っていたことが間違いで、自分が過剰に期待をかけて見てしまったのかなという自責の念があるし、逆に、予想以上に伸びたなと思う選手は、この選手はこんなふうにできたんだってことを、自分は予測できなかったなという自責の念がある。どちらにしても自省なんです」
強さを引き出し、成長を促したのが曺監督の指導力…と話を進めたいところだが、監督自身がそうは言わない。
「それが指導力だといわれたらわからない。自分は、そうは思ってないので。僕は、言いたいことを言っているだけ。ただ、嘘をついたことはない。それと、負けた試合でも、選手のせいと思ったことは一度もない。このミスはみんなの責任だからみんなで考えようということはあるけど、ミスに直接かかわった選手に対して、あいつのせいで負けたと思うことは一度もない。だって、それは俺が信頼してピッチに立たせた選手を信頼してないってことになる」
信頼と自省をキーワードにたどり着いたJ1のステージ。
「何試合で勝ち点いくつとか計算したわけじゃないけど、この試合は引き分けても良いと思ったことは1度もない。その集合体で戦っただけ。
チーム作りは、そんなに甘いものじゃないという意見もあるかもしれないけど、こういう言い方をしたら選手に申し訳ないんだけど、俺には経験がないからわからないので、1試合ごとに勝ち点3を取ることに集中したほうが良いんじゃないかって思ったし、今年もそれをやっていく」
GET3の姿勢は、2013年シーズンも変わらない。今年もまた、1試合1試合が挑戦だ。
経験というプロセスを経ることこそが
成長の幅を大きくするポイント
「『湘南スタイル』というのは、僕たちの試合を観て、周りの皆さんが『湘南って、こういうチームだよね』っていうイメージを持ってくれて、作っていってもらった話。僕たちは、毎試合それをやろうとして、できた試合、できなかった試合がありますし、その中で現場の責任者としての監督は、そうやって『湘南スタイル』だって言ってもらえるけど、『こういうところは、ウイークだからここはこういうふうにしたほうがいいんじゃないか?』ってアプローチも当然していくし、目に見えないところにあるスタイルの虫食い穴を埋めていく作業もしていかなければならない。だから僕は、スタイルができあがったとは思ってないし、去年できたとも思ってない。我々のスタイルは、ゴールを守るんじゃなくて、ボールを奪いにいく、ゴールに向かって攻めていくということははっきりしているけど、その方法論は、それこそ進化させなくてはいけない」
ハイプレスと縦への意識の高いプレーを90分間、足を止めることなく続ける小気味の良さで注目を集めた昨シーズン。そのスタイルは、GET3の姿勢が変わらないように、進化を促しながらも変わることはない。
「もし今年もJ2で戦うのであれば、こういうチームにしたいというのがはっきり言えたと思うんですけど、今年戦うのはJ1。僕は、J1で戦ったことがないし、選手も戦ったことがない選手がたくさんいるので、それこそ高いステージの高いレベルのチームと対戦する中で体験してみないとわからないことがたくさんある。ただ言えるのは、自分たちは欠点を一つひとつ潰して上がってきたチームではなくて、自分たちの良いところを信じて昇格してきたチーム。だから、その自分たちの良いところは信じ続ける覚悟と勇気と、我慢と。ということが続けられるチームにしなければならないと思っています」
そうは言っても2010年を振り返れば、例え選手が入れ替わり、戦う姿勢が改めて問い直されていたとしても、結果が伴わない可能性はあり得ることだと誰もが思うだろう。それでも、自分たちの良いところを信じて戦い続ける「覚悟」と「勇気」と「我慢」があるチーム。
「例えば、(横浜F)マリノスとの試合(3月2日開催第1節)。キリノが点を取ったその後の65分から70分までのあの感じは、多分去年と比べても一番良いゲームですよ。70分までは。柏と戦った天皇杯の試合は、70分までゲームを握れなかったし、プレシーズンマッチでの大宮(アルディージャ)戦のときとも違った。まず、相手のレベルが高いという前提があって、スタイルを継続して選手たちがはつらつとやれたことは、すごくうれしかった。
僕の中で、『湘南スタイルを貫きます』と言って、貫くことは難しいことじゃない。でも、それで全部負けていいのか? 『貫きましたよ』、で、『でも全部負けました』と。そんなことにするつもりはないけど、だからと言って1つの負けや2つの負け、3つの負けでそのスタイル自体を変えるほど、積み上げたものにこだわりがなかったら監督はやるべきじゃないと思っている。ああいうゲームを90分間通してやっていけるように、課題を一つひとつ克服して臨むしかないと思っています」
横浜FM戦は、最後の20分の戦い方に課題が出た最初の試合である。
「うちのチームのスタイルに、リードした時の70分以降こういう形でゲームをクローズしていこうということを、彼らの良さを出しながらやらせる方法があれば教えてほしい。僕のつたない監督論としたら、戦術に縛られる選手は作りたくないし、スタイルがあっても自分たちで判断してゲームを進められる選手になってもらいたい。我々は、マリノスに対して全力でスタイルを出そうと向かっていって、逆転してリードした。じゃあリードしたら、そこから4バックに切り替えてっていう話を試合の前からして、あの試合ができたとは僕は思わない。経験してみないとわからないことがたくさんあるので。そのためのリーグ戦だし、そのための1シーズンだと思っている。今いる立ち位置からシーズンの終わりには湘南スタイルを継続させながらゲームをコントロールできるたくましいチームに絶対していこうと思っているけど、そこに行くには通らなければならない瞬間がある。そうじゃなければ、昇格なんてしてないから」
曺監督は、経験のないところに対処の方法論だけを教え込むことはしない。選手たちは、J1のステージで、自分たちが得点し、逆転したり、リードしたりできることをこの試合で体験した。曺監督は、その体験の上に策を授け、選手の理解度を高め、成長を図る。
「それは選手に対しての配慮ですよ。リードするっていう手応えを試合でつかんでいるんだから。選手に対する『曺さん、その後も考えているんだ』っていう配慮。それを先に言っちゃったら…。なんていうのかな、人間としてそんなに消化できるのか? と思うから」
経験のないところに方法論だけを説いてもそれは机上の空論。実感として身につけるのは、難しい。経験というプロセスを大切にすることが曺監督の指導論の根幹を成している。
痛快に爽快にサポーターとともに
高いステージでの戦いを楽しんでこそ
開幕戦のハーフタイムに曺監督は、「前半は市民クラブらしく戦えているぞ。後ろは引くな。前へ行け。絶対勝つぞ」と、コメントしている。
「ネガティブな話じゃなくね、我々は親会社というか、バックにそういうものがあるチームじゃない。それこそ市民の皆さんに支えられて、浄財をいただいて運営しているクラブなんです。
ヨーロッパやドイツがすごいのは、全部が市民クラブというところ。バイエル・レバークーゼンは、レバークーゼンという地域にあるバイヤーっていう大きな製薬会社がメインスポンサーです。市民クラブなんだけど、バイヤーっていうところがしっかり入っている。我々は、そういう意味ではレバークーゼンとまではいかないけど、それこそアーヘンとかボンとか、大都市ではないところにある市民クラブと似ている。で、市民の皆さんの応援に支えられているそのチームが暗かったら、勝っても何の意味もないと思うんですよ。
今、“痛快なサッカー”って言っているけど、やっぱりこのチームは、相手に対して向かっていかないと。俺からすると、痛快に爽快にサポーターと一緒に戦っていくチームじゃないと、市民クラブじゃないんですよ。市民の方は、暗い様子や下を向く様子を見たいがためにお金を払っているんじゃないと思う。だから、我々が戦っていて楽しいなという顔をしていることは、観ている人も絶対楽しいと思う。そういう空間を作り出すサッカーをしなければいけないっていうこと。そういう意味です」
結果はどうあれ、選手たちが観せてくれたのは、J1というステージで、百戦錬磨の経験を持つチームを相手に果敢にチャレンジしていく姿。一瞬たりとも臆することなく、そのステージにいることを楽しんでいた。
「やっぱり、J1でプレーしたかったんだなって思いました。それは、うちのクラブとしても大きな成長だと思います。まだまだですけど。
そういう意味では、J2にいる大半のチームは市民クラブだと思う。市民クラブだからこそ、勝った負けたということに支配されないで、自分たちのスタイルとか、自分たちの信じることを絶対に出そうということなんです。選手は、100%の力を出してくれている。後は僕がいろいろ考えてやっていかないといけない」
曺監督は今シーズン、昨年とは違ってACL出場という具体的な目標を口に出して掲げた。
「昇格と優勝は、僕の中で一緒で、去年だったら昇格と言っていたかもしれないんですけど、今年は最大の目標は優勝になる。でもそれは、1試合1試合の積み重ねでしかないから、やっぱり言えない。
ACLに行きたいというのは、3位以内ということじゃなくて、自分で行ってみたいし、彼らにそういうところでやらせてあげたい。世界に出て行くっていう意味の3位以内という言葉じゃなくて、今の段階では夢かもしれないけど、いつかは積み上げて行きたいと。戦わせてやりたいと。3位以内って言ったら、去年の昇格と同じような気持ちなんだけど、今年、本当に何をしたいかなと思ったら、最終的にそういうところの権利を得られたら良いなと思った。それこそ、99%の人が絶対無理だと思うだろうし、そんなに簡単じゃないし、甘くもない。でも夢はそういうところに置きたい。目標であり、夢であり。そういう意味のACLです」
チームが躍動すれば、見る夢も大きくなる。“痛快に爽快に”、チームとサポーターはともに戦いながら、その夢を追いかける。
取材・文 小西尚美
協力 森朝美、藤井聡行