ボイス
【ボイス:10月9日】西形浩和S&Cコーチの声
コーチングスタッフが大きく変わった今シーズン。
曺監督が志向する湘南スタイルは、戦術の深い理解に加え、
選手の走力が鍵を握るアグレッシブなもの。
気温も湿度も高い夏を乗り切れるのか不安視する声もあったが、
当の選手たちは常に、“それだけの練習をしている、不安はない”と言い切ってきた。
この湘南スタイルの実現をサポートするのが西形浩和S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチ。
走力命のスタイルを維持しているトレーニングについて、
気になるその一端をひも解いた。
ボールを使ったトレーニングで
試合に近い状態をイメージ
「ストレングス&コンディショニングといっても、何か変わったことをやるわけではありません。アメリカで盛んなスポーツ、例えば野球やアメフト、バスケなどで使われている、非常にメジャーな呼び名なんです。
そういう意味では、やっているのは、普通のこと。身体を鍛えて、体力を上げる。鍛えた身体のコンディションを試合に合わせて整えていくことですね」
今季のサッカーの最大の特徴は、とにかく選手全員がよく走ること。しかもタイムアップの寸前でも全速力で走り抜く姿が見られる。
ところが馬入グラウンドで行われている練習を見ると、走力を付けることを目的とした走るだけの練習メニューは、ほとんど行われていないことがわかる。練習の大半がボールを使ったトレーニングメニューで組み立てられている。
「曺さんのコンセプトは、試合に近い状態で、常にボールを使ったトレーニングの中で走るという形なんです。
だからうちには、週の最初の立ち上げに走らせたりするフィジカルトレーニングっていうのは、ほとんどありません。週の初めから普通にボールを使ったトレーニングで入ります。
トレーニングの中で僕が出て行く場面というのは、ウォーミングアップとかクールダウン。そこは、僕が担当することが多いです」
ある日の練習メニューを一例として挙げると、本来のピッチの1/6ほどのスペースで、4対4、あるいは5対5を3分間行い、その後、軽くジョギングしてから水を飲むなどの時間を入れる。このセットが6~7回繰り返された。
人数を少なくするのは、常に全員がボールに関わるため。スペースは狭くても動く量が増えると同時に、攻守の切り替えが早くなる。またフィジカル的には、スプリントとインターバルが適度に入ることによって、心拍数を上下させ、心肺機能を高めていく。サッカーの試合で必要な要素がすべて詰め込まれているのだ。
例えば、プレー時間が3分、ジョギングを1分、その後の30秒間に水を飲むなどすると、3分のプレーの疲れを1分半で回復させることになる。
プレイングタイムと回復時間は、さまざまな組み合わせがあり、なるべく短い時間で回復する能力を上げていくという目的がある。2つの時間のコントロールで、トレーニングの強度を調整しているというわけだ。
「ただ走るだけのトレーニングは、ラクなんです。でも、ボールを使うと、走るだけじゃなくて、頭も使わなきゃいけないし、状況に応じて切り替えなきゃいけない。選手はボールを使ったトレーニングの方がきついと思いますよ」
実際、「練習試合と普通の練習を比べるなら、練習試合の方がらくだと思う」と話す選手もいるほど。
「曺さんは、『爆発力』とか『ハイパワー』ということをすごく言うんですが、うちのトレーニングの特徴は、どれくらい走れるかではなくて、爆発的な動きが何回できるかということをポイントにしている。
曺さんがこのチームを立ち上げるときに、『ニシ、こういうサッカーをやりたいんだ、うちには走力のある選手がいるし、このメンバーならできる』という明確な方向性を話してくれたんです」
曺監督から示されたサッカーは、まさに今、リーグ戦を戦っているサッカーだった。ハイプレッシャーでボールを奪い、人数をかけた攻撃でゴールをめざす。そのためには、90分間足を止めない走力に加え、タイムアップの笛が鳴るまで100%のスプリントを何度も繰り返せる爆発力が必要だ。
こうしてめざすサッカーを明確にして、必要なメニューを説明しながら、目標を達成するためにトレーニングを行う。理由がすべてわかっているから、選手たちのモチベーションは、自然と上がる。
「かける言葉も大事ですね。爆発力とかスプリントとか、出力とか。これは、その瞬間に100%のスピード、もしくは100%のパワーを出そうという意味でのキーワードです。
こういう積み重ねがあるので今は、ボールを使ったトレーニングで、スプリントが鍛えられるし、最終的にそれをゲームの中で表現できる。逆に、それができていなければ湘南スタイルじゃないということが選手も理解できる。
90分、ただ走れるのではなく、90分の中でどれだけ爆発的な部分や質の高いパフォーマンスを出せるか。そのためのトレーニングのひとつなんです」
爆発力が湘南スタイルの鍵。繰り返されるスプリントを支えるのは意図を持って積み重ねた練習。試合の中でスプリントの回数を数えてみる、そんな見方をするのも、おもしろいかもしれない。
勝っても負けても試合終了後から
次への準備が始まっている
曺監督になって試合前後のスケジュールにも変化がある。以前は、クラブハウスで行なっていた試合前のミーティングも、基本的にはスタジアムで行なうようになり、スタジアムに入る時間が早くなった。
「時間の使い方が変わって、雰囲気作りや選手のコンディションの上げ方にも変化が生まれました。ホームもアウェイもできるだけ同じ環境でできれば良いなと。選手がストレスを溜めないでやれることが一番です」
試合前のウォーミングアップが始まると、スタンドにいればメイン・バックスタンドのどこにいてもわかるほど、選手たちの大きなかけ声が聞こえてくる。
「試合前のウォーミングアップをやるとき僕は、とにかく声を出して、『行くぞ行くぞ』っていう気持ちを出し続ける。ウォーミングアップのメニュー自体は何でも良いんですけど、みんなで盛り上げることが大切だと思ってます。そうすると、『今日も一生懸命やるぞ!』って言う気持ちがグッと入ってくるので。そういうことを大事にしています。大きな声を42試合出し続けるっていうのは、僕の目標でもあるので」
試合後のリカバリーに対する考え方も変わって、試合の後のクールダウンが念入りに行われるようになった。
「つまりは、試合が終わった時点からスタートといっても良いと思います。そこが起点になっているので『もう次が始まっているよ、みんなでクールダウンにいこう!』という具合に。
試合と試合の間が何日もあれば良いけど、間隔は決まっているし、時間がたくさんあるわけではない。
選手は本当のところは、試合が終わったらシャワーを浴びてすぐに帰りたいと思います。当たり前ですよね。でもちゃんとクールダウンをさせることによって選手の意識が『ちゃんと自分の身体をケアしよう』という意識になる。うちは、走るサッカーだから、走るためには何が必要かっていうことを考えなければいけない。身体のケアに気を使う、食事に気を使う、休み方もそう。一人ひとりが自覚してやらなければいけない。
春と夏では、また違う。夏には夏の環境の違いがあって、夏は、トレーニングや試合のあとはアイスバスに入ります。目的は、疲労回復であり、できるだけ常温に身体を戻してあげるためです。
試合の翌日は、ブールでリカバリーを行っています。基本的には、プールの中で様々な動きをすることで疲労除去に繋がると言われています。暑い中でジョギングするよりは涼しいところのほうがいいし、環境を変えてプールというのも選手はリラックスできると思います」
目の前の疲れに流されてケアを怠って、次に差し障りを残すようでは、このサッカーは続かない。そして、サッカー選手にとって身体はかけがえのない財産でもあるもの。意識も高く。走るサッカーは、選手一人ひとりのプロとしての自覚も促している。
ピッチで輝く選手を観るために
一人ひとりを丁寧にサポート
選手全員が関わるトレーニングのプランニングに加え、身体の機能についてのプロとしてのアドバイスも行なう。ベルマーレでは、体重や体脂肪、筋肉量などについて、選手一人ひとりのデータをとっている。
「食事のコントロールも重要です。例えば、トレーニングをしっかりやっているのに筋肉量が落ちているなら、タンパク質が足りないのかもしれない、ちょっと肉でも食べようとか、ちゃんと休んでいるのに疲れが取れないなら、ビタミンCは大丈夫か? 野菜を食べているか? といったことを言いますね。
食べることだけじゃなくて、筋肉量などについても、代表選手でこれくらいで、ここまで上げるともう少しパワフルに身体も強くなれる。3ヶ月くらい頑張ればそこまではいけるから、ちょっとウエイトトレーニングをプラスしようか、とか」
若い選手の意識を高めるために、食事の分析も行った。
「選手の食事を専門的に分析してもらって、若手選手中心にセミナーを行いました。
具体的には、例えば鉄分が足りないとすると、鉄は血液を造る元になるよ、その血液を造る元がなければ血液は造られないから、スタミナはつかないし、スタミナがないと後半バテてしまう。後半に落ちるのは、もしかしたらそこに一つの要因があるかもしれない。じゃあ鉄分をどう摂るか? 鉄がこれだけ足りないとなれば、普段の食事では摂りにくいけど、ヒジキをもうちょっと食べようとか。そういう話をしたりします」
高強度のトレーニングに耐えるには、とにかくあらゆる面から身体をケアしていく必要がある。
「妻帯者も食事調査をしましたけど、バランスが良かった。どの選手も奥さんがすごく頑張って食事を作ってくれていることが分かりました。
筋肉量などの測定も定期的にやるし、体重も毎日測る。そういうことで身体への意識がより高くなればと思います。
実際に選手は身体のことを気にしながら日々過ごしていると思います。筋肉量が増えている選手も多くなっているし、体脂肪が減って身体がしぼれている選手も増えています。
選手からも食事や栄養に関して質問がきます。僕は管理栄養士じゃないので、細かいアドバイスはできませんが、そういう時は、専門の方に相談して答えたりしてます」
選手に対するアプローチは、さまざまな方向からなされる。そして、この積み重ねが1年間“湘南スタイル”で戦い続ける身体を作っていく。
リーグ戦は残すところ6試合。しかし、天皇杯も始まり、プレーオフも視野に入れなけらばならない今年、シーズンの終わりはまだまだ見えない。
「僕は、チームより個人を見なければいけない立場。チームのコンディションを作るのは、つまりは個人個人なので。
そういうところでは、どの選手も今の現状よりもなんとか伸ばそうとコンディションを整え、課題をクリアさせていくサポートをする。まだまだ足りない、もっともっとサポートしていかなければ、そういう気持ちです」
結果は常に選手のパフォーマンスとなって表れる。その一瞬一瞬に責任とやりがいがある。この支えがあってこその湘南スタイルの実現だ。
取材・文 小西尚美
協力 森朝美、藤井聡行