ボイス

【ボイス:3月23日】阿部 伸行選手の声

 ホームで迎えた開幕戦を勝利で飾って幸先の良いスタートを切った2012年シーズン。ピッチで繰り広げられる攻守に渡ってアグレッシブなサッカーは、一瞬たりとも目を離させない湘南スタイルを主張する。疲れを知らない走力を武器に躍動するのは、平均年齢も23.5歳と若い選手たち。スターティングイレブンに名を連ねる顔ぶれも新鮮だ。
 中でもベテランふたりが抜けた正ゴールキーパー争いは、注目のポジションだった。開幕からその座を射止めたのは、阿部伸行選手。開幕戦で、リーグ戦デビューを飾った阿部選手が、ここに至るまでの道のりと、サッカー人生を託すチームにかける思いを明かした。

ディフェンス陣との連携が肝
アグレッシブな守備を最後尾で支える

 どんなポジションでもレギュラーを争う、その競争は熾烈。それでも、ゴールキーパーのそれは、たった一つの椅子を廻っての争いとなるだけあって、特別だ。
 今季、ベルマーレのゴールキーパーは3人。20代前半の選手が大半を占めるチームらしく、経験が重視されがちなポジションながら、ベテランと呼べるほどの年齢の選手はいない。そのなかで阿部選手が開幕戦のピッチに立った。

「本当に、よく見えていたと思う。それかな、一番に思ったのは」

 ホームで迎えた2012年シーズン、幕開けの京都サンガF.C.戦は、阿部選手にとって記念すべきリーグデビュー戦でもあった。

「相手のフォワードの動き出しとか、ボールも、ゴール前の状況も。しっかり同一視野で一気にパッと入ってきていて。そういう時は、だいたい落ち着いているんじゃないかなって。
 京都は、ボールをよく動かすサッカーで、ボールを動かしながら最後にプルアウェイだったり、クロスで入ってきたり。久保と宮吉という、動き出しの良いツートップは、スリーバックの間を常に狙っている。そういう動きが見えていた。落ち着いてできたと思います」

 1失点はあったものの、ディフェンス陣との連携など、チームとしてどんな守備のスタイルを目指しているのか、しっかりと伝わる試合となった。

「失点については、僕らもまだ完璧じゃないですし、ほころびは出てくると思っていたので、動揺はなかった。それよりもその後の5分、連続失点しないようにセーフティにやるとか、次のことを考えました。
 今年は、キーパーひとりでゴールを守るのではなくて、ディフェンスと協力して守るというのがまず第一。それと、ディフェスは、高い位置から行ってるので、その裏をしっかりカバーしたいと思っています」

 京都戦で印象に残る守備のシーンと言えば、88分の久保選手との1対1を制した遠藤選手のクリア。遠藤選手の執念もさることながら、阿部選手が尽くした最善のプレーも忘れられない。

「ハーフタイムに監督に『セルフジャッジをしない』と言われて、俺も一瞬『オフサイド』って思ったんですけど、プレーを続けた。で、相手選手と向き合った時に、ものすごくコースがある感じがしたんです。これは、足を出しても手を出しても、普通に転がされたら入るなって思ったんで、身体を真横にして横のコースだけ、どこかに当たるように。上に蹴られたらしょうがない、って思ったら、きれいに抜かれました(笑)。さすが代表に呼ばれる選手ですね」

 有利なポジションでパスを受けた久保選手は、自分のリズムでボールを持っていたが、阿部選手をかわすのにわずかながら時間を使っている。そこに遠藤選手が追いつくタイミングが生まれたとも言える。あきらめない気持ちが重ね合わさって生まれた、次のチャンスを呼び込むプレーのひとつだ。

「ひとりでは守れないし、ディフェンスと協力して守るっていう意味では、今年のテーマが出たシーンだったと思う。航も僕も最後まで切らさず足を止めずプレーして、ああいうシーンで失点を防げたのは、ひとつ収穫。得点が入らなかったってことが正解なのかなと思います」

 チーム戦術を構築するそのベースになるのは、個々のプレー。試合に出れば、個人の課題も明らかになる。

「課題は、失点シーンはもちろん、それ以外のところのキックの質と種類と精度。天気も含めて、雨の日はどういう風にプレーするとか。
 シュートストップという部分は、ずっと自信を持ってやってきたところなので、ディフェンスが、きちんとコースを切ってくれた以外の部分をしっかり止めるとか、そういう部分を1年間通して突き詰めていきたい。『そこではやられなかった』って、あとで思えるように。練習試合も含め、普段の練習から、やっていきたい。
 京都戦は、どっちに転んでもおかしくない試合だった。相手の決定機も多くて、シュートチャンスも多かった。そういう時に、どれだけ立ちはだかれたかなと思うと、まだまだだったと思う。本当の意味で自分の能力を出して止めたって言うシーンは少なかったと思う」

 前線からプレスをかけてアグレッシブな守備でボールに迫る湘南スタイルでは、ゴールキーパーまでを含めて統一された意識と戦術に対する理解が必要。まだシーズンは始まったばかり。これからも連携を深めながら、課題をクリアしていく。

一番大切な目標はJ1昇格
かなえるために見つめるのは自分

 2011年シーズンにベルマーレに移籍し、今年プロ6年目を迎えた。公式戦のデビューは、2011年10月8日にホーム平塚でファジアーノ岡山ネクストを迎えて行なわれた天皇杯2回戦。前所属のFC東京では、控えに甘んじ、公式戦に出場することはかなわなかった。

「あの時は、3日前くらいに言われたんですけど、『デビューだ』っていう気持ちがすごくあって、私生活から焦ってしまった。いつもより自分の身体に気を使ったり、時間を気にしたり、準備に気遣ったり。
 でも今回は、スタメンを言われたのが前日だったこともあって、いつも通り生活もしたし、いつも通りの準備もできた。いつも通りにやったのが良かったのかな、と思います。もちろん天皇杯の時のことが失敗だとは思ってないし、それも経験だったと思うけど、その経験を活かせたなと思います」

 昨年のデビュー戦は、スタンドで観る側にまで緊張感が伝わるほどだったが、今シーズンは、どの試合もそんな固さは感じられない。

「リーグ戦には、すごくこだわっていたんです。でも、開幕戦は、このチームにとっての初戦ということもあって、そういう個人的な気持ちは考えられないくらい、ホントにチームでやるべきことを整理して入れた試合だったなって思います。ウォーミングアップの時とかは、かなり緊張していて、周りのスタッフからも『おお、緊張してるな!』みたいな感じで言われたんですけど、試合に入ったら頭の中はしっかり整理できて、何があっても柔軟に対応しようっていう気持ちでいられて、良い精神状態で入れました」

 阿部選手は、今シーズン、目標を2つ立てている。

「去年立てた目標とまったく一緒、リーグ戦出場とJ1昇格。去年は、2つともかなえられなかったので、今年は2つともかなえたいと思って、まったく同じ目標にしました」

 自分がいるチームのステージを上げたいと思うのは、選手としての自分の価値を高めるために持つ当然の目標。ところが、阿部選手にとってJ1昇格という目標は、自分のためばかりではないようだ。

「リーグ戦に出場したということは、次はおのずとピッチに立ち続けることが目標になる。でも、2つ目の目標の方が本当に大事で、これは本当にかなえたい。このチームで昇格したいので、そのためだったらバックアップでもやりたい。本当に良いチームだと思うんです」

 自分を必要としてくれるチームがなければ、プロとしてサッカーを続けることはできない。阿部選手は、自分の居場所の大切さを身にしみて知っている。

「僕は一度、サッカーができなくなって、ベルマーレに救ってもらって、もう一度サッカーをやる場所を与えて頂いてから、本当に『いつ試合に出ても大丈夫』という心構えでやってきた。それまでは、いろんな精神状態を経験したんですけど。
 去年の開幕も、自分が出るという気持ちで準備して、結果はバックアップメンバーだったけど、1年間ずっと同じ気持ちでやってこれた。リーグ戦に出るという目標はかなえられなかったけど、いつも自分に期待をかけて、良い準備をしてというのができた自分を自分で評価したんです。それが今年の開幕戦に繋がったかなと思います」

 曺監督は、どのポジションの選手にも「指定席はない」と言う。特にゴールキーパーについては、「3人とも遜色ないから第一も第二もない。チームにとってより良い影響を与えるのは誰かが判断基準」と語る。ゴールキーパ‐3人のポジション争いに終わりはない。

「2人のことは、本当に尊敬しています。難しい表現なんだけど、人間として尊敬できるから、ものすごいライバルでいられると思うんですよ。
 僕、FC東京にいた時も、その時に一緒にいたキーパーも全員尊敬できる人だった。人間的にもキーパーとしても。だから、真剣にライバルとして勝ちたいと思う。そこが認められない人がライバルだったら、『なんで俺が出られないんだ!』というふうに人のせいにしたくなってしまうと思う。だけど、尊敬している選手とライバルの気持ちで切磋琢磨していると、見つめ直す対象が自分になる。例えば試合に出られなかったとしても、『俺が今、こういうところが足りてないんだな』と考えられる。
 僕は、本当にそういう意味ではついていて、いつもライバルが尊敬できる人。年齢に関係なく、上でも下でも同い年でも」

 普段の練習も、ゴールキーパーはゴールキーパーだけで行うことが多い。自分がうまくなるためには、ライバルの協力が必要であり、相手の向上に積極的に力を貸し手こそ、自分自身の進歩がある。そんな環境が自分自身に問いかける時間を長くするようだ。

自分が出た試合で勝ちたい
サッカー人生をつないだ思い

 27歳でリーグ戦デビューを果たした阿部選手。振り返れば、プロ入りしてから6年目のシーズンを迎えていた。デビューまでもだいぶ時間がかかったが、プロ入りまでも紆余曲折があった。
 高校時代は、FC東京ユースに所属。トップチームでの練習の経験もあったが、結局は昇格できず、プロをめざして大学でサッカーを続けた。

「FC東京へのこだわりはめっちゃ持っていました。それは憧れっていう言葉よりも、もっと簡単に『かっこいい』とか『なりたい』とか、そんな気持ち。それはやっぱり間近で観ていたから。今、解説をされている浅野哲也さんは、僕がユースの時にFC東京のトップチームにいたんですけど、そういうことも全部知ってる。ファンブックを買って、選手を覚えて。
 FC東京が勝てば自分たちも誇らしかったし、そのチームの下部組織にいるっていうことだけでもうれしかったし、同じ練習着を着られることがうれしかった。
 だからFC東京に加入が決まった時は、うれしいを突き抜けて真っ白になった。感情がなくなって、親にもすぐ電話できなかった。『あ、そうだそうだ』って感じでした」

 意気込んで加入したFC東京で過ごしたのは、4年間。試合に出ることはかなわなかったが、ここで過ごした時間が今の阿部選手のベースになっている。

「自分と向き合うしかなかった。誰のせいでもない、プロですから。自分に力が足りないっていうことをずっと思っていた。
 ゴールキーパーと言っても大卒の選手は即戦力。だから、1~2年目でも最低でも試合に絡まないとまずいっていう気持ちを持っていた。でも、1年目で試合に絡んだのは4回。3~4年目は、焦ってないと思って過ごしていたけど、焦っていたと思います」

 それでも気持ちを切らさず、選手を続けてくることができたのは、

「ひとつは、自分が納得してないってこと。もうひとつは、周りの人の助けがあったからだと思います」

 阿部選手が最もその存在を感謝しているのが、当時のゴールキーパーコーチ。キーパーとしてはもちろん、人間としての成長も導いてくれたという。

「今思うと、毎日本当に真剣に見てもらっていた。練習も私生活も、いろんな角度からアプローチしてくれた。僕の気持ちを察してくれて、放っておいたり、きついことが必要な時は言ってくれて。すごい人で、その人に会えたことがラッキーでした」

 そして、選手を続けてきたもうひとつの理由については、

「どうすれば納得できるかと言ったら、自分が試合に出てチームが勝つこと。その瞬間のためにやっている。だからよく逆算して考えてましたよ。
 自分が試合に出て勝っているシーンからスタートして、そのためには試合に出る、試合に出るためには今の自分の課題はどこだ、じゃあこういう練習をしなきゃいけない、じゃあ明日どういう準備をしなきゃいけない、じゃあ今日早く寝よう、みたいな感じです。そういうことの繰り返し。
 中期的な目標、短期的な目標、いろいろ立てて、逆算して何をする、ということを繰り返してました」

 努力を実らせて5年目のシーズンに公式戦のゴールマウスを守り、6年目の今年、念願のリーグ戦でスタメンの座を勝ち取った。

「でも、今までやってきたことは、試合に出たからって変わるものではない。それは、試合に出たあとに思いました。それと、試合に出ることに、ものすごくこだわっていたこともわかりました。この気持ちは特に変えず、次はピッチに立ち続けるにはどうしたら良いのかを考えて、そのためのことをやれば良いと思っています」

試合ごとに感じる手応え
100%の力を出し切って戦う

 平均年齢23.5歳のチームにとって27歳の阿部選手は、金選手、山口選手と並んで上から数えた方が早い年齢。若い選手が多いチームで年齢差があると、お互い遠慮が出たりしないかと余計な心配をしたくなるが、

「グラウンドの外では仲良し軍団なんですけど、グラウンドに入ると年下の選手もみんなしっかり要求してくれるので、そういうところはすごく良いと思う。
 例えばこの間も練習試合中、泰右(宮崎)に、『ボールサイドばっかり見てるから、今の逆サイド見れてなかったでしょ?あらかじめ見ておけば、出せたはず』って言われて。他にも『ファーストポジションがここだったら、今の対応できただろう』とか。言われると気がつけるし、本当にそうだと思うと次から気をつけられる。
 でも、まだまだ満足はしてないので、もっと厳しくても良いくらい。僕も含めて、これからもっと厳しい声を出していかなければいけないと思ってます」

 曺監督は、チームを作る上で、プレー以外の部分も重視している。27人全員が戦力と言うだけあって、一人ひとりの選手に、“自分はチームのために何ができるか” そういったことも考えさせる。

「今年の最初にキーパーコーチの斉藤さんに言われたのは、サッカーでも、サッカー以外の部分でも、キーパーから先頭に立って、コミュニケーションをたくさんとって盛り上げてくれということ。監督もキーパー3人には、そういうところを期待してくれていると思うので、そこは1年間ずっと継続していきたい」

 年齢的にもポジション的にも、引っぱる立場になった。チームについての手応えはというと

「今、1試合で1失点をしているけど、それも何かが足りないからということ。それでも、試合のたびにその前の試合で出た課題を良い方向に持っていけている。完璧にクリアできたとはいえないけれど、ゴールマウスの前に立っていて、それを感じられる。課題はたくさんあって、突き詰めていかなければならない部分もたくさんあるけど、監督が言うように、100%の力を出し切ればどこにも負けないサッカーができる。それを信じて、みんなで力を合わせてやればできるという手応えはあります。
 そのためにも、いつも100%のパフォーマンスを出し切れることを意識して、ゲームにどういう入り方をすれば良いのかとか、そういうことも考えていきたい。
 攻守の切り替えの速い、見ている人も楽しめるサッカーができる手応えがあります」

 今はまだ守護神という代名詞は、こそばゆいかもしれない。2人のゴールキーパーも、ピッチに立てない悔しさを糧に「次こそは」の思いを秘めて練習を重ねている。次節、ゴールマウスを守る指摘席はない。
 4節を終えて単独首位に立ったチームもまた、大きな可能性とともに若さ故のもろさをはらみ、始まったばかりのシーズンの行方は、まだまだまったく予測がつかない。
 それでも、Shonan BMW スタジアム平塚のピッチを、労を惜しまず駆け抜ける選手たちが繰り広げるサッカーには、90分を感じさせずに釘付けにする魅力がある。この切磋琢磨を、シーズンを通して続けたその先に開ける未来は、努力にふさわしいステージのはず。晩秋には、名実共に守護神の名にふさわしい成長を遂げた阿部選手に会いたい。

取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行