Message50周年メッセージ

馬場賢治選手 BABA KENJI 2010年、2012年〜2013年 湘南ベルマーレ在籍
生年月日:1985年7月7日
出身地:神奈川県平塚市
ポジション:MF/FW
湘南ベルマーレで51試合出場11得点

ベルマーレ創立50周年、おめでとうございます。
この50年の歴史の中でたくさんの喜びがあり、悲しみがあり、困難があり、感動があったと思いますが、その全てを力に変えてベルマーレは歩み続け、今湘南ベルマーレとしてなくてはならない素晴らしいクラブになり、さらにこれからもずっとみんなに愛されるクラブであり続けてほしいと心から願っています。

僕は小学1年生の時にベルマーレに変わる前のフジタのサッカースクールに入りました。
なので、僕のサッカー人生の全てはフジタ、ベルマーレから始まりました。
今ではフジタの時代からベルマーレに関わりがある、唯一の現役選手じゃないかなと思います。

平塚で生まれ平塚で育ち、小学生の頃からずーっと僕の生活の中にベルマーレは当たり前のようにある存在でした。
ベルマーレの下部組織で育ち、平塚競技場で試合があればサポーターの一員としてゴール裏でベルマーレを応援する。
ベルマーレがJリーグ参入を決めた時にあった、平塚駅でのパレードの歓喜の中にいた一人でもあります(笑)

そんな少年が目指す夢は、当然ベルマーレでサッカー選手になること。
そしてその夢を2010年に叶えることになります。

今でも忘れられない2010年のホームでモンテディオ山形との開幕戦。
まさか、子どもの頃からどんなチームよりも一番憧れていたチームであり、ゴール裏でサポーターとして毎試合のように応援していた少年が、そのチームのユニフォームを着て、そのチームの選手としてピッチに立って戦うことになるとは。

もはや僕からしたら、そのこと自体大きな奇跡でもありました。
試合前のアップの時から、大きな緊張と目の前の現実に起きてることが自分の中では大きすぎて、涙が出そうになるくらい感情が大きく高ぶっていました。

あとは2017年9月16日。
ベルマーレの選手としてではないのですが、初めてアウェイのチームの一員として平塚に来ました。
ベルマーレの一員としてプレーしたことが僕の中で夢のような出来事だったのに、次はその小さい頃から応援してるチームの相手チームの選手として、平塚競技場のピッチに立ちました。

もはやどういう感情なんだろうかと訳が分からなくなってましたが(笑)

残念ながら試合は負けてしまいましたが、ベルマーレを相手にアウェイのチームの選手として、自分の持ってる最大の力を出して全力で闘えたと思っています。

それ以外にも思い出深い試合は、サポーターとしても選手としても沢山ありすぎて言い出したら終わりが見えません!(笑)

多くのOBの方々と違い、僕はサポーターから選手になり、今ではまたサポーターの一人に戻っています。
だから皆さんとは少し想いも思い出もズレてるというか、やっぱり僕はサポーターの一人なんだと思います!(笑)

そんな僕が50年の歴史の中のたくさんの偉大なOBの先輩方と共に名前を残せたことは、人生最大の誇りです。

そして一緒にメッセージを掲載させていただくことは大変恐縮ではありますが、それと同時にこれ以上ない最高の喜びでもあります。

今僕は大分トリニータで現役選手を続けています。

湘南ベルマーレの存在が僕のまだまだ成長したい想いの原動力になってます。

僕のサッカー人生は別の道を歩んだりしながらも、心にはいつもベルマーレの存在があります。
それはこれからも変わることはありません。

そして平塚で生まれ育った僕は、どこにいてもいつまでも平塚の漢です!
しっかりベルマーレの誇りを持ってこれからもサッカー選手として頑張っていきます!

【About BABA KENJI】
平塚で生まれ(しかも7月7日の七夕生まれ!)、フジタサッカースクールでサッカーをはじめ、ベルマーレ平塚ジュニア、ジュニアユース出身と、これ以上の人はいないというほどの“ベルマーレ育ち”。言わずと知れた、平塚の漢・馬場賢治選手。
桐光学園高から近畿大へ進み、神戸でプロ選手となりました。2010年、最初は期限付き移籍でベルマーレへ。2012年には完全移籍で加入し、昇格を果たした激動のシーズンを得点で、走力で、そして強い気持ちで支えました。
見ている人の心を動かすプレーと熱いハートはいつも多くの人の心を掴んでいます。
現在は大分トリニータで全力を傾ける馬場選手、これからも活躍に期待しましょう!