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【ボイス:1月1日】坂本 紘司選手の声


 1年でのJ1復帰をかけて臨んだ2011年シーズン。終わってみれば12勝16敗10分リーグ成績14位と、目標とはかけ離れた結果がここにある。何が足りなかったのか、どうすれば良かったのか。どんな答えも今となれば結果論だが、実際にピッチで戦った選手の気持ちは変わらない真実、まだ熱いうちに解き明かしたい。チーム最年長となった2011年シーズンも38節中、控えに回った2試合と出場停止以外の35試合に出場した坂本紘司選手に、シーズンを振り返って今ある思いと、2012年シーズンへ繋げるものは何かを聞いた。

J1は、目標とするのに値するステージ手にするには一致団結が不可欠

 ちょうど1年前のシーズン終了後にも坂本選手にインタビューを行った。その時の言葉には、J1リーグでの過酷な戦いに傷だらけになりながらも、サッカー選手として最高のステージに立ったその喜びをもう一度味わいたいと願う、J1復帰への思いが満ちあふれていた。しかし2011年シーズンは、その時には、まったく予想もできなかった方向へ展開した。

「個人的には、J1を経験して、練習の取り組み方とかコンディショニングとか、そういう部分の考え方や意識が変わったところがすごくあったけど、それをチームの結果として結び付けられなかったというのが事実だと思う。
 J2は、どのチームも『J1昇格』を当然目標に掲げているけど、横綱相撲ができるチームは、正直FC東京くらいで、他は戦力的に変わらない。でも、終わってみたら勝ち点が20点差以上も離された。それだけ離れるということは、足りないものがかなりあったということだし、昇格を経験している身としては、戦術云々の問題ではないと思っている。勝ち点3を取るための執念や、勝たなければいけない試合に勝つとか、泥臭くても勝ち点1でも取るんだっていうメンタルの部分が全体的に足りなかったと思う」

 メンタルを問題に上げてはいても、決して気持ちの弱い選手の集まりだったわけではない。毎日のトレーニングを行う馬入の練習グラウンドには、常に熱心な指導とそれに応える選手たちの声が響いていた。向上心や意欲に満ちたチームであったことに間違いはない。

「僕は、J2に落ちた1年目がすごく大事だとわかっていたし、自分の年齢的にも昇格しなきゃいけないと思っていた。
 でも、チームを壊して新しく作り直すのと、僕であったり、幸平(臼井)であったり、あの場にいた選手たちのモチベーションを融合させていく難しさを感じた。クラブがJ1を戦ってきたメンバーでは、J2から再昇格するために戦えないと判断したからメンバーが入れ替わったと思うけど、出場機会を求めてきた選手もいれば、新人で初めて試合に出たり、まずそこを目標にがんばっている選手もいた。ベテランはやっぱり後がないから、どうしても結果を出したいとか。チームは、いろいろな考えの選手がいて当然だけど、そういう目標を持ちながら同じ方向を向けるような雰囲気を作ることが、結果論でしかないけど、難しかった。
 結果次第でチームを作り直すことは必要だと思うけど、チームは長年かけて作りあげていくものでもあって、喜びや悔しさを積み重ねてクラブは強くなっていく。そういう意味では、2010年の降格した悔しさをチーム全体のモチベーションにうまく繋げられなかった。チームに、まとまりがなかったとは思わないけど、『今年昇格しなければ』という危機感と厳しさを持っていた選手がどれだけいたか。そういう意味で全員が同じ方向を向けていたかと言うと、向いていなかった。言い訳みたいになってしまうけど」

 2011年シーズンを迎えるにあたって、チームは選手の大幅な入れ替えを行った。反町監督は続投したが、監督自身も“変化”をテーマに掲げ、再昇格と同時に、若手の成長も目標として託された。

「2007年、08年で徐々にチームとして熟してきて2009年、3年目で良いスタートが切れて、常に上位に付けて、『今年上がらなきゃいつ上がるんだよ』みたいな空気があった。本当にもう、死ぬ気で掴みに行った。決して楽に上がったわけじゃないし、言ってみればギリギリで上がって。でもそのチームは、全員が同じ方向を向いていた。そういう雰囲気を作らないと上がれない。
 やっぱり気持ちをむき出しにして戦う部分が必要だけど、まだまだ気持ちをむき出しにして戦っている集団にはなりきれていない。でも、若い選手がたくさん試合に出て経験を積んで、そう簡単には勝てないよっていうのを感じることができた。それをどう活かしていくか。本人たちもそうだけど、同じ方向を向けるように、僕自身もピッチの内外でやらなきゃいけないというのをすごく感じたシーズンでした。
 J1って、すごく良い、目標にするのに値する舞台。それを目標に同じ方向を向ける雰囲気を作っていかなきゃいけないんです」

 選手一人ひとりに違った目標があって当然。チームは、そういった目標も含めて全員が昇格するんだという方向を向いてこそ、強さを発揮する。09年には確かにあったそのチーム力が2011年のチームには、欠けていた。

「来年は、22チームいて、プレーオフに出たからといって上がれる保障があるわけではないから、やっぱり自力で2つに入りたい。それには、相当の努力が必要だし、戦術がはまったとか、誰か良い選手がいるとか以上の、目に見えないものも一緒になってついてこないと勝ち残るのは難しい。
 運を味方につけるとか、みんなが『サッカーの神様が見てくれている』と思えるとか。その目に見えないものを引き寄せるのも自分たち。選手みんなが真摯な気持ちでチームと向き合う、そういう集団にしていきたい。僕は、長くベルマーレにいるし、このチームが好きだし。そういうのが僕の仕事かなと、今年すごく感じました」

 リーグ戦の真っ只中にいたときには見えなかったものが、リーグ戦が終わると見えてくる。

「来年は、さらに若い選手が多くなるし、自分に何ができるかを考えると、勝つために1年間を過ごしたい。別に優しい先輩でいる必要はないから勝つために厳しさが必要だと感じたらそうするし。特に試合に絡めない選手のモチベーションが高くないとチームはひとつにならない。自分は最年長で長くクラブにいて、影響力は少なからずあると思うから、そういうことをみんなに伝えたい。今年もそれを強く思っていたけど、結果に繋がらなければできたとはいえないので、そういうことを来年はもっと大事にしたい」

 J1へ。2012年もやはりまた、その道を行く。

うまいだけじゃ生き残れない
存在感でプレーする選手に

 さまざまなアイデアを持ってゲームプランを立てる反町監督は、フォーメーションも多彩な手を見せた。そのコマとして、変幻自在の対応力で試合に出場し続けた坂本選手。ボランチからフォワードまで、誰よりもいろいろなポジションを任された。

「要求されるものは、ポジションによって違いますけど、こういうことを求められているんだというのは、言われなくてもわかります。
 ゲームをやっていれば、客観的に見てこういうところが今のチームの課題だなというのは経験上わかる。例えば、前線からのプレッシャーが足りてないとか、ビルドアップが良くないなとか。そうした時に、次のゲームで違うポジションにポンと入れられたら、『そういうことかな?』と。
 ソリさんの求めていることは3年目でだいたいわかるつもりでいたし。そういうのは瞬時にね、頭の中でパパッと整理して。すべてのポジションで毎試合良かったとは思わないけど、しっかりゲームのポイントは押さえてプレーできたと思います。だから、1年間使ってもらえたのかなと。本当にありがたいと思っています」

 坂本選手は、監督の気持ちに応えたかったという。

「偉そうですけど、ソリさんの勝ちたいっていう気持ちは、痛いほど伝わってくるんですよ。だってね、試合をやるとわかるんだけど、どハマりなんです。FC東京とホームでやった試合も、相手の完全なスカウティングがあって、3-4-3にして、もう少しで勝てそうな良いゲームができた。昇格した時もそうだけど、相手を知って、自分たちを知って、サッカーを知ってないとできないことだと思う。サッカー的に『すごい』って思わされることがたくさんあった。今年は監督が一番熱かった。それくらい勝ちにこだわっていたけど、監督が一番熱くなっているようじゃダメ。監督に『お前ら落ち着け』と言われるくらい、選手が熱くやらないとダメだった。
 ソリさんは、『誰も助けてくれないぞ』ってよく言いますけど、本当に試合に出ている僕らがなんとかしなくちゃいけない。僕自身はホント、今年1年その気持ちに応えたい、それだけでした」

 どのポジションも若手とベテランがしのぎを削っている。しかし坂本選手は、ポジションにハマるというより、その存在で試合出場を勝ち取ってきた。

「若い選手がいて、僕もムキになって負けたくないって思っていて、それが自分を奮い立たせてくれる部分でもある。いくつになっても『自分がピッチに立って勝ちたい』と思うし。これからも僕はいつまでもムキになって頑張るし、勝つためにやれることはすべてやりたいと思っている。それが結果的に周りに伝わって,良い循環になれば、思い残すことはない(笑)。
 僕は、飛び抜けた選手ではないけど、運良く長くやってこれた。やっぱりうまいだけじゃ生き残れない。自分は、しっかりやることをやって生き残ってきたと思っている。自分の気持ちでプレーする部分とか、そういうものが根底にないと、サッカー選手として絶対に魅力的じゃないし、長くプレーすることは不可能だと思う。
 こんなことは、口で説明することではないし、自分で感じること。でも、若い頃は自分のために突っ走ってきた僕が、30歳を手前にして、何とかこのクラブを変えていきたいっていう気持ちを持って、それからは自分が気持ちで引っ張るということをやってきて今がある。これからは、『俺が引っ張ってやるんだ』っていう若い選手が出てくるようにしていくのが、自分に与えられたベルマーレでの仕事かなと思いますけどね」

 最終節が誕生日だった坂本選手。振り返れば、年齢を重ねるごとに、気持ちの熱さを前面に出す選手に成長してきている。

「がむしゃらさみたいなものがなくなったら、もう僕じゃないし。それだけは、どこのポジションで使われても『やろう』と思う。あるのは、勝ちたいっていう気持ちだけだったから。
 他の選手と差があるとしたら、そこだけ。技術的にもフィジカル的にも若い選手の方が良いでしょ(笑)。少し違いがあるとしたら、そこしかないと思っているし、それは、監督が替わろうと、貫こうと思っています」

 器用なユーティリティプレーヤーというのとは、少し違う感覚だろうか。ゆるぎない心があるからポジションに関係なくタスクをまっとうできる。

「もう次を考えないといけない年齢ですけど、それは現実としてしっかり受け入れて、でもまだ僕には、ピッチ内、ピッチ外、両方あると思っている。まだまだ必要とされていると勘違いして(笑)、そういう気持ちがある限り、もう一度チームを良くできるんじゃないかと思って頑張ります」

 どのクラブを見ても、魅力のあるチームには“Mr.”と称号が付く選手がいる。坂本選手もそのひとり。2012年は、その存在を脅かす若手選手の台頭に期待したい。

選手生命の長さは先輩たちのおかげ
それもクラブの財産のひとつ

 坂本選手がチームを語る言葉には、“チームのために自分ができることはなんなのか”という視点がある。常にそこがスタートだ。

「僕も若い頃は、飄々とプレーしていて、テクニックでなんとかやりたいっていう選手だった。でも、試合にたくさん出させてもらって変わった部分がすごくある。やっぱり、400試合も出ていれば、自分のミスで負けたとか、そんなことは何度もある。『あの時、ああしておけば』って、悔しい思いをしたり、逆に涙を流すようなすごい勝ち方をしたり。チームのためにという思いは、そういう経験を積んでいくうちにだんだん自分のなかに芽生えていくものだと思う。
 若い時に試合に出始めると、最初はすごくのびのびやれるし、怖いものはない。そういう経験を重ねながら、自分の良さプラス、チームのために働くとか、勝つためのプレーとは何なんのかとか、そういうものを学んでいかなければいけない。今、うちには若くて良い選手がたくさんいるけど、『若くて良い選手だね』で終わってしまう選手はたくさんいる。そうならないためにも勝つための厳しさが必要だし、もっともっとやらなきゃいけない。
 そういう若い選手は、このチームの財産だし、ベルマーレを背負っていってもらえるようにしていきたい。ベルマーレで大きくなってほしいと思う」

 チームの若返りを図った2011年シーズン。結果は、思うように出なかったが、本気のリーグ戦で若手の選手たちが経験を積んだことは、大きな財産となる。しかし、その経験をチームの力にするには、選手自身が持つ、“チームのために”という気持ちも必要だ。

「クラブがあって選手がある。そればかりを思う必要はないけど、『このチームを良くしたい』『このチームで勝ちたい』と思う選手がたくさん出てきてほしいと思う。サポーターも、そういう選手に思い入れを持ってくれると思うし。『このクラブを何とかしてやろう』と思う選手と、サポーターの『この選手を応援してやろう』という気持ちの両方が良い方向を向いて、爆発的な力は出るのかなと、そういう気がする」

 2012年は、ベルマーレで迎える13シーズン目。チーム最年長であり、誰よりも在籍年数が長い。
 
「僕は、選手より誰より、苦楽を共にしたサポーターとの付き合いが一番長い。僕がこのチームに来た時に生まれた子どもがもう中学生になっちゃうから(笑)。『もう声変わりしてる!』みたいなことになっている。それくらいね、悔しいこともうれしいことも一緒に味わってきた。だから、サポーターの顔を見たら、ホント、いい加減な気持ちでサッカーに向き合えないって思う。それだけ。あとどれくらいできるかわからないけど、その気持ちだけは忘れずにやりきりたい。
 昇格を一度経験して、2年間厳しかったけど、サポーターと一緒に喜びたいと思う選手もどんどん増えてきてると思う。僕はもう、1年1年を懸けていかなければならないから、今年というより、ここ2シーズンの気持ちを2012年1年にぶつけたい」

 新しい年を迎えるにあたっての目標には、やっぱりJ1昇格が真っ先に上がってくる。

「それを言わないと厳しさも何もなくなっちゃうので、僕はもう恥ずかしげもなくそういうことを言いたいと思います。特にチームの中で。今のままじゃ昇格できないよとか、もっとこうしなきゃ昇格できないよとか。
 そうじゃないと、失礼だと思うんです。応援してくれる人にもそうだし、お金を出してくれるスポンサーにもそう、営業で回ってくれているクラブのスタッフにも。自分さえ良ければっていう感覚ではいられない。上げられるのは、自分たちしかいないわけだから。
 何万人お客さんが入ったら3対0で勝てるとか、そんなシステムはない。だけど、選手が頑張って、スタジアムが『よし、もっと応援してやろう』っていう空気になって、選手は、『あれだけ応援してくれるだからもっと頑張ろう』となった時の相乗効果はあると思う。札幌は、最終節に3万人の観客が入った。あれは最後、上がるべくして上がったと思う。昇格する雰囲気をみんなで作った勝利だったのかなっていう気がする」

 同じ方向を向いてほしいのは、サポーターも一緒。いや、むしろよそ見する選手すら巻き込むほどの力を持っているのは、サポーターの方なのかもしれない。

「うちのサポーターは、システム論を語るより、『戦ってるじゃないか』『熱いゲームを見せてくれるじゃないか』っていうのを意気に感じる人が多いと思う。それが湘南サポーターの良さだし、そういうところが好き。だから、そういうゲームがしたいと思うし、できるようになんとかしたい」

 ピッチの中での熱さも、今まで以上をめざしている。

「身体は、今年はずっと使ってもらったので、ゲームコンディションとか、年間のコンディションはすごく良かった。去年は膝を手術して、自分的にはちょっと苦しかったかなと思うけど、今年は年間を通して良かった。
 プレースタイルも30歳を過ぎたところで自分が変えようとしなかったのが、維持できている理由かなと思います。『周りに走らせておくか』ってなったら、僕じゃなくていいわけだし。僕は試合に出るためにまだまだ練習からガツガツやっていくし、若手にもガツガツやってきてほしい」

 今若い選手たちも、必ず30歳になる日が来る。Jリーガーの平均の引退年齢は26歳。その現実の中、何人の選手が現役の選手でその年を迎えられるのか。

「僕は、本当に先輩たちに恵まれた。ノゾさん(加藤望現・湘南ベルマーレJr.ユース監督)もそうだし、俊さん(斉藤俊秀選手兼監督:現・藤枝MYFC)やテラさん(寺川能人選手:現・FC琉球)もそう。みんなタイプは違うし、すべてをまねしようとは思ってないけど、長く続けられるには理由があるし、『やっぱりそうだな』と納得させられることがたくさんあった。来年34歳になるけど、でもまだチャレンジできるっていうのは、そういう先輩たちに恵まれたおかげ。
 ノゾさんもテラさんも、サッカーが好きでボールを追っかけ回している、子どもみたいな人。いつまでも『まだうまくなりたい』『勝ちたい』と思ってプレーしているのがすごく伝わってきた。僕が30歳過ぎて現役でいられるのも,そういう人たちがクラブの財産となっているからだと思います」

 惜しみない運動量と泥臭くさくもしたたかに駆け引きしていくそのプレースタイルが変わることはないだろう。想像もつかないその日まで、走り続ける覚悟はある。

「悔いなく終われることなんてないと思うし、いつまでもサッカーをやっていたいというのはみんなそうだけど、どこかで区切りを付けなければいけない。そう思うと、1日1日ね、純粋に雑念なく、『歳だな』とか『いつまでサッカーできるんだろう』とか思うことなく、サッカーと向き合って、思いっきり練習しようと、思ってます。…と言うか、思うようになりました。それで結果、肉離れしたら、しょうがない(笑)。それはもう歳だと言って笑うしかない。それくらい雑念なくやれているし、これからもそういう気持ちを忘れずにやりたいと思っています」

取材・文 小西なおみ
協力 森朝美、藤井聡行