SHODAN -湘談-
「目立たないけれど、ないと困るもの」
表舞台以外にも光を当てるアズビル株式会社の信念
アズビル株式会社 ×湘南ベルマーレ
2021.11.26
役者には、支えるサポーターがいる――。湘南対談企画「SHODAN-湘談-」第7回のゲストは、アズビル株式会社代表取締役社長の山本清博さん。私たちの暮らしを支える独自の技術から湘南地域やベルマーレに対する想い、パートナー契約の裏話まで、水谷尚人・湘南ベルマーレ代表取締役社長との対話は示唆に富んだものとなりました。 以下敬称略
――スタジアムに掲出されているロゴやスタジアムナビゲーターによる紹介などにより、アズビル株式会社の名前はベルマーレのサポーターにも広く知られていると思いますが、どのような事業をされている会社なのか、あらためて教えてください。
山本 弊社は「人を中心としたオートメーション」をグループ理念に掲げ、「計測と制御」の技術をもとに人々の安心・快適・達成感と地球環境への貢献を目指す計測制御メーカーです。オートメーションという言葉にあまり馴染みがないかもしれませんが、いちばん分かりやすいのは家のお風呂です。スイッチひとつで設定した温度にお湯を温め、自動的に追い炊きをして温度を一定に保ちますよね。それを実現しているのがオートメーションです。ある一定の状態に環境を維持するために計測し、目標と現状の差を確認して目標に近づける。空調も同様です。また生産ラインも一定の間隔で物が流れなければいけないので、あるべきところに物がない場合、センサーが計測して「これ変ですよ」と知らせる。いまの時代、基本的にどの建物もオートメーションがなければ動きません。私たちはそのようにお客様の活動を支えています。
水谷 そういう生活を当たり前のようにしているから気が付かないですけど、高度な技術が必要とされますよね。
山本 そうですね。お風呂の例で言うと、外気の状態や季節によって温度の下がり方は変わるので、一定の間隔で追い炊きするとやりすぎる場合があるんですね。そこで無駄なエネルギーを使わなくて済むように工夫して温度を一定に保つ。空調も同様で、快適に感じる温度は人によって違います。着ている物や活動量、窓が近くにあるかなど、さまざまな要素も関わってくるので、冷房を1度上げることが省エネではなく、室内に何人いて、その人たちが寒がりか暑がりかに応じて制御したほうがよっぽど省エネになるんですね。つまり物理量だけを制御するのではなく、「人を中心に」考えてコントロールすれば、よりエネルギーを削減できる。目立たないですけど、腕の見せどころはたくさんあります。
水谷 昔からそうした事業をやられているのですか?
山本 1906年に創業し、今年115年を迎えている弊社は創業当時、ヨーロッパから工作機械を輸入販売する商社でした。その後、工業計器の国産化に伴い、メーカーとしての道を歩むわけですが、戦後はお櫃(ひつ)やこたつの保温といった身近な製品を作っていたこともあります。その後、建物の分野ではスタジアム、オフィスビル、病院、大学など、工業系の分野では石油プラントや工場のファクトリーオートメーションなどに広がっていきました。いまは家庭用の全館空調システムや、また各家庭にガスを供給するパイプラインにも私たちの技術が使われています。
水谷 オートメーションによって快適な暮らしを支えているのですね。
山本 はい。そのうえで地球環境も考えて、エネルギーや資源をなるべく使わないように努めています。
――2016年にベルマーレとオフィシャルクラブパートナー契約を結びました。締結の背景にある想いや経緯についてもお聞かせください。
山本 懇意にしている藤沢の会社の方からご紹介いただいたのが最初のきっかけです。弊社の藤沢テクノセンターは長い歴史があり、湘南地域に暮らしている社員も多い。そういう地域との繋がりを背景に、湘南国際マラソンを第1回からサポートさせていただくなど、CSRとして地域貢献も大切にしています。加えて、創業110周年という節目で、なにか大きなメッセージを発信したいという想いもありました。当時、私は経営企画部長を務めていたので、地域に根差して長年活動されているベルマーレさんとのパートナーシップを先代の曽禰(寛純・現代表取締役会長)に提案しました。
水谷 そのときに奔走したのがうちの営業部の船越(裕美)です。湘南マラソンを走っていた坂本(紘司・スポーツダイレクター)をアズビルさんのブースに連れて行って、「よろしくお願いします!」と突撃した(笑)。絶対無理だと僕は思ったのですが……。
山本 いくらだったかな。うちからするとすごく……。
水谷 うちとしてもすごく大きな金額でした(笑)。
山本 社長に提案する立場の私も当初、「これは無理だろう」と思いました(笑)。でも途中から説得できるかもしれないと思うようになった。それは船越さんの押しのおかげだと思うんですよね。やはり企画する人がほんとうにやりたいと思っていないと絶対に実現できない。アズビルとスポンサー契約を結びたいと、船越さんが心から思ってくださっていることが伝わってきたし、私たちも契約してよかったと思っています。
水谷 ありがとうございます。
山本 いえいえ(笑)。そう、あのときは頑張りましたね。私が頑張ったわけではないんですけど(笑)。冠試合をやらせていただいたり、トレーニングウェアに名前を入れていただいたり、いろんなオプションが付いていた。どちらかというと私は強く言えないほうなので、船越さんの強烈な押しを利用させていただいて(笑)。でもほんとうによかったです。冠試合は約800人の社員がスタジアムで観戦しました。
水谷 選手が着ているウェアに社名が入っていると喜んでいただけることが多いので、我々としてもうれしいです。
山本 社員のなかにもベルマーレさんの熱烈なファンがいて、スタジアムに看板を掲げさせていただいたときに、白地に赤いロゴをあしらったら、「芝生に映えないから色を変えてください」と言われ、翌年から文字と地の色を逆のものも用意した、なんて裏話もあります(笑)。
水谷 (笑)ほんとうにありがたいです。
――いまお話にあったように、アズビル株式会社は以前から湘南地域に根差し、藤沢市の子どもたちへの教育支援(アズビル山武財団)をはじめ、里山保全・緑化活動や環境クリック募金への参加なども積極的に行なわれていますね。
山本 現在、本社は丸の内にありますが、藤沢と寒川には古くから工場があり、いまでは国内5,300人余りの社員のうち約3,000人がこの湘南エリアで働いています。東海道線から見える藤沢テクノセンターの温度計も昔から地域の皆さんに認知されています。支社・支店は日本全国にありますが、そのなかでも湘南は特別な場所と言えますね。
水谷 僕らみたいな仕事は分かりやすいですけど、御社がどんな仕事をされているのか、子どもには分かりにくいかもしれません。でも、たとえば巡回授業の際に、子どもたちがスポンサーである御社の名前に触れ、世の中になくてはならないことに取り組んでいる会社であることを知ってくれたらいいなと、我々としては思っています。
山本 そうですね。私たちも地域社会貢献活動の一環として、小学校で出張授業を行なっています。冒頭にお話ししたように、弊社が扱う技術は身近にあるものなので、子どもたちに興味を持ってもらうために、ひいては日本の未来のために、少しでもそういう場を提供できればと考えています。
水谷 うちにもぜひお力をお貸しください。というのも、我々も2019年に「湘南まなべるまーれ」というローカルキャリア教育プロジェクトを立ち上げ、ホームタウンの中学2年生を対象に、ベルマーレのパートナーである金子産業株式会社さんと横浜ゴム株式会社さんと共同で授業を行ないました。背景には若者の人口流出があります。そこでこの湘南地域の魅力をいま一度見つめ直し、ひとりでも多くの子どもたちが将来地元で働くきっかけになればと考え、企画しました。昨年は新型コロナの影響でできませんでしたが、今後も続けたいと思っています。
山本 素晴らしい企画ですね。たとえ少数でも、そういう活動はじわじわと広がっていきますし、貢献したいと考える企業は多いと思います。
――またアズビル株式会社は、トップチームのみならず、小学校体育巡回授業や環境問題に関するプロジェクトなど、あまり表には見えない活動もサポートされていますね。
山本 先ほど申しましたように、オートメーションはあらゆる場面で使われていますが、あまり目立たない技術です。逆に言えば、目立たないけれど、ないと困るもの。役者には支えるサポーターがいるということですよね。表に見える活動だけが重要ではないということをうちの社員はみんな体感しているので、トップチームの活躍の背景には地域に貢献する活動があるということがすごく腑に落ちるし、表舞台ではないところにも光を当てて支援したいと考えています。
――ベルマーレとパートナー契約を結んで6年、会社として変化したことはありますか?
山本 湘南エリアにとどまらない認知度の向上を感じています。社員のモチベーションも多少なりとも高まっていると思いますし、「どこのチームのファンか」といったサッカーに関する会話も増えたように感じます。「じつはベルマーレのファンだったので、協賛してくれてうれしいです」と社員から声をかけてもらうこともあるし、ホームゲームのチケットプレゼントでは観戦の感想を興奮気味に伝えてくれる方もいて、協賛をきっかけに家族や友人と良いコミュニケーションが育まれているのであればとてもうれしく思います。なにより、勝負のドキドキを感じられるのはスポーツの醍醐味ですよね。うちの社員もベルマーレの結果はいつも気にしています。
水谷 この夏に多額の移籍金を払って補強したクラブがある一方で、我々はそういうことはできません。でも、だからこそ絶対勝ちたいんです。
山本 そうですよね。しかし、若手を育てながらJ1で頑張り続けているのはすごいと思います。ベルマーレさんはJリーグの理念に則っているクラブだとつくづく感じます。
水谷 若い選手が成長し、試合で活躍し始めると、代理人から海外移籍を後押しされるケースも出てくるんですけど、いまはそれが課題だと思っています。つまり、そこでもう1年ベルマーレでしっかりプレーしてから海外へ行ったほうが成功するのではないか、そのほうが選手のためなのではないかと。
山本 私も社長の椅子に座るようになって1年余りが経ちますが、最後に決めるのはトップであり、会社の方針で社員の方の生活は変わるので、すごく重要だと感じています。とくに難しいのは、人に関する部分。サッカー選手の限られた現役生活のなかで、1年という時間はとても重い。だから決断は難しいだろうと、お話をお聞きして思います。
水谷 そうですね、難しいです。
山本 ただ、誰にでもできる仕事ではないので、私も責任を自覚して取り組んでいます。
――決断しなければならない立場となり、これまでどのようなご苦労がありましたか?
山本 医療現場がひっ迫するほど新型コロナの感染が拡大した時期でも現場に赴いて設備の調整や交換・設置をしなければなりません。その社員の方のご家族からすれば、「なんでこんな状況のときに」と思うのは当然です。とはいえ、コロナ禍でも変わらず工場に勤務している方もいるので、一方だけに「行かなくていいですよ」とは言えない。防護服の準備などできることはすべてやり尽くしましたし、ワクチンの職域接種はうちの企業規模だと難しい。そうした苦労がありました。なにより、人の生命にかかわる判断をしなければいけないことが最も厳しかったです。Jリーグも観客数を制限して開催していますが、それでもスタッフの方は現場に出られるわけですよね。
水谷 まさにそうなんです。無観客を数試合行ない、その後、観客数の上限を設けて開催してきましたが、お客さんへの声かけなど逆に仕事が増えて、スタッフも増員しなければならない。正解はないですよね。
山本 スポーツは感動をくれるじゃないですか。東京オリンピックを観ていて、テレビのなかに別世界があると感じました。これは賛否両論あると思いますが、オリンピックのおかげでコロナ禍の厳しい状況を一時的にも忘れることができた方はたくさんいたのではないかと思います。
水谷 そうですね。正解はないし、難しいなと思いますが、ただ、いまお話しいただいたとおり、観ることで「明日から仕事がんばろう」と思ってもらえるのは、スポーツの大きな価値だと考えます。
山本 ほんとうにそう思います。それがスポーツの魅力だと、厳しいときだからこそ思いますね。
――これまでのベルマーレとの関わりのなかで印象に残っている出来事などあれば教えてください。
山本 これはもう、船越さんですね。
水谷 そうなんですね(笑)。
山本 はい。私のなかではいつも走っているイメージで、走ってないときも走っている印象があるぐらい(笑)。あと笑顔ですね。いつも笑顔の人って裏ですごく努力している。以前、藤沢テクノセンターで試合のチケットを販売してもらったときに、お昼休みは社員がいるんですけど、それ以外はほとんど人がいない。そんななかで、一人でずっと立っていて、そのときはマジメな顔をしているんですけど、でもパッと目が合うとニコッと笑ってくれる。それがすごく印象深くて。うちの製品についても、「あなただから買うんだよ」と言ってくださる方がけっこういらして、つまり最も大事なのは人なんですよね。
水谷 そう思います。
山本 あとはやはりスペシャルデーですね。試合が終わったあと、ピッチに下りて社員みんなで写真を撮ったり、あの日のことはすごく印象に残っています。
水谷 試合直後のピッチには、ついさっきまで選手が戦っていた空気が残っているんですよね。
山本 そうなんです。自分たちが応援を送っていた場所に立てたのは、みんなすごくうれしかったと思いますね。冠試合では、多くの社員とその家族に参加してもらうためにアズビルとベルマーレさんのコラボでバンダナを作成したり、試合に訪れた社員をスタッフがコラボTシャツを着用して迎えたりしたことも印象に残っています。また弊社のPR誌をスタジアム入場の際に観客の皆さんに配布し、ベルマーレのファンの方々にアズビルという会社を知っていただく機会にもなりました。
――今後ベルマーレに期待することはありますか?
山本 そうですね……。ベルマーレさんが10億円で選手を補強するようなクラブになるのは、ある意味お金さえあればすぐにできると思うんですね。でも、逆にベルマーレさんのような、若手を育ててどんどん輩出するスタイルをつくり上げるには時間がかかるし、難しいと思います。つねに新陳代謝を繰り返しながら強いチームであり続けることができたらすごいこと。J1でなければ価値がないとはまったく思いませんが、トップリーグはより魅力的だと思いますし、現在のスタイルをぜひ続けていただければと思います。
水谷 ありがとうございます。いま言っていただいたようなクラブでありたいとずっと思っていますし、そういうクラブがJ1にいることに価値があると僕は思っています。
山本 トップがそういう考えであることはすごく重要だと思います。
水谷 先月の横浜FC戦では、とにかくベルマーレのサポーターで埋めたいということで、コロナ禍でスタジアムに足を運べていないファンクラブの方やシーズンチケット会員の方にうちの社員が電話して応援をお願いしました。さらに、感染対策で空ける座席すべてに黄緑色のビニール袋をかけようと社員が思いついてボランティアを募集したところ、100人近くの方が集まってくださった。ほんとうにありがたいです。
山本 そうだったんですね。一戦に懸けるクラブの心意気が伝わったのだと思います。
――最後に、アズビル株式会社の今後のビジョンをお聞かせください。
山本 これまでは、普通に日常生活を送るだけで感染症による死亡のリスクに晒される世の中など想像もしていませんでした。コロナ禍で働き方が大きく変わるなかで、アズビルのオートメーション技術とサービス・エンジニアリング力が果たす役割はますます大きくなると考えています。たとえば大学や医薬系の研究室などでは、薬品の調合をする際に有毒ガスが作業者側へ逆流することを防ぐために、設備のなかの空気が外に漏れないように圧力を変化させて空気の流れをコントロールしているんですね。その装置の仕組みをオフィスに応用すれば、仮に感染者が出ても、その人の周りの空気をほかの人が吸わないようにすることが技術的には可能です。世の中になくてはいけないもの、私たちがやらなければならない使命はたくさんあるので、これからもそうした取り組みを続ける会社でありたいと思っています。
水谷 今後のご活躍に期待しています。これからもよろしくお願いします。
(インタビュアー 隈元 大吾)