ボイス
【ボイス:2016年3月11日】曺貴裁監督
曺監督は「タイミング」という言葉をよく口にする。人に成長を促すにはタイミングを見極めることが不可欠のようだ。例えば、大槻周平選手が昨年曺監督の指導のおかげで技術的な部分も進歩できたという話をしていたが、そのことについて問いかけると
「人間は、言われるべきタイミングに言われると物事を吸収できる。言われるべきタイミングじゃないのに言われても耳に入ってこない。究極の例えで言えば、親が亡くなった矢先に『プレー中の身体の向きを直せ』と言われても無理でしょう。ポイントはただ一つ、その人が求めているタイミングで求めていることを言ってあげる。もしくは気づかせてあげる。人に話をするというのは、そういうこと」
話をして理解を促す、それが成長につながるようにするためには、結局はコミュニケーションがいかに取れるかを考えること。曺監督は「相手がどう感じたかがすべて」という。
「僕が言ったことによって相手が感じなかったら、違う言い方をしなきゃいけないし、違うアプローチをしなければいけない。それに、具体的なやり方や方法を指導して、選手が『上手くなった』と僕が思うこともない。指導者やそのチーム、周りの人が自分のことを考えて言う『量』、その熱量に押されてタイミングがいい時に自分の中に入ってくる。だから周平がそう言ってくれたのなら、俺が単純に周平にとって必要な時に必要なことを言っただけ。逆になにも言わない、何も指導してない期間もあります。でもそういう放っておけばいいやというふうになることも大事。全部自分で解決できているんだから」
選手を見守る目が温かい。
「僕も一人の娘の親だけど、人を敬うとか人のことを受け入れるとか、全部家族が基本だなと最近思います。結婚して子どもを持つことで、子どもも育つし、親も育つ。偉そうな父親としての仕事なんてしてないけれど、選手に対する思いも一緒。でも、選手たちを大事に思っているのは、その親御さんで、それ以上の愛情を注ぐことは俺にはできない。だから、選手の親御さんから『いつもありがとうございます』と言われた時に恥じない自分でいなきゃと思っています、自分に対するプレッシャーも含めて」
若手のみならず、経験豊富なベテラン選手たちもまた、曺監督のもとで成長を感じると語る点でもその指導力が抜きん出ていることがわかる。
「単純にいいことと悪いことを示してあげること、その人たちに。俺にとっていいこと悪いことを。こういうプレーができたらもっといいんじゃない? もしくはこのプレーはダメだろ、と言うこと。30歳でベテランだし、代表にも入ったからまかせておけばいいということじゃない。ベテランだから経験を活かしてとよく言われるけど、別に経験は活かさなくていいし、というか。もちろん言い方は考えますけれど。今、何ができるかをその選手が積み上げているだけだと。そこにはもちろん経験が入っているけれど、別に経験や既に持っているものを活かしてもらいたいわけじゃない」
年齢を問わず、誰もが成長することを常に意識している。
「謙虚に自分たちの持っているものを100%出し、そのことによって101%のチームを作るということ。それが明日の100%になって、明日はまた1%を積み上げる、ただ単にそういうこと。そういうチームを作っているというか、俺が自分自身でそう生きたいなと思っているだけ」
チームは監督を映す鏡でもある。だからこそ、監督自身が手を抜くわけにはいかない。しかも、日々積み重ねる1%の成長を表現するのは選手たち。監督の思いと選手の思いが一致して初めて、その成長が周りに見えてくる。公式戦のピッチには、日々の成長の証が落ちている。
取材・文 小西尚美
協力 森朝美、藤井聡行