ボイス
【ボイス:10月9日】秋元陽太の声
35試合を戦って得点73、失点18。結果としての得失点差は+55。
今季、順調に勝ち星を重ねている理由のひとつに、失点の少なさがある。
攻守に渡ってボールに対してどん欲な執着心を見せる湘南スタイルは、
最前線の選手から球際に厳しく挑む守備が要求される。
それだけに最終ラインをおびやかすシーンはさほど数多くはないが、
相手も高いディフェンスラインの裏を虎視眈々と狙ってくるのは言うまでもない。
その決定的なピンチに立ちはだかる最後の砦、守護神・秋元陽太選手。
最後方から攻守に渡ってアグレッシブな湘南スタイルを支える。
ゴールキーパーもピッチに立つひとり
枠を作らず可能性を伸ばしたい
「攻撃も守備も相手陣内でプレーする」ことをコンセプトにした湘南スタイル。ボールを持てば相手ゴールをめがけて縦を狙い、ピッチにいる全員が攻撃のイメージを共有して動く。守備ラインは高く、攻撃に重心がかかったときには文字通りフィールドプレーヤー全員が相手陣内に位置することもある。反対に相手にボールが渡れば、その瞬間にまずボールに関わっていた選手がファーストディフェンダーとなり、近くにいる選手が呼応して囲い込む。相手に攻撃の形を作る隙すら与えることなく再びボールを手中に収めるべく、厳しい球際の争いを挑む。そのアグレッシブな姿勢を最後尾から支える守護神・秋元選手もまた攻守に渡って同じ絵を描いて連動する。試合の間中、最終ラインの高さとボールのある位置によって、常にポジションを移動し、身構える。
「常に予測と集中を切らさないというのはもちろんですけど、いくら攻めていても1試合に何回か、少なくても2~3回のピンチは絶対にあると思って試合に臨んでいる。失点はしてますけど、それでも失点が少ないのは、そういう姿勢で守備陣と連携できているからだと思う。僕ひとりでなんとかできるものではないですから」
35節を終えて1試合平均2得点以上となる73ゴールを挙げる得点力から攻撃が評価されることが多いが、失点も18とリーグ最少。そのうちセットプレーでの失点が3点。これまで20試合を無失点で抑えている。
「前線であれだけ守備をしてくれれば、ピンチというか、ペナルティエリアに入ってくる数も少ないので。そこに関しては、前線の選手も含めた全員のハードワークのおかげだと思います。
セットプレーの失点は、山雅(9月6日開催第30節松本山雅FC戦)はセットプレーで流れを掴むと思っていたので、そのセットプレーでやられたのは反省しないと。今、セットプレーでたくさん失点していたら、J1に上がったときに苦労するのは目に見えているから。セットプレーでなるべく失点しないということは、上で通用するためにもしっかりやっておかなきゃいけない部分だと思います」
最終ラインが高い分、その裏を狙われる回数が多いため、ペナルティエリアから飛び出してボールに関わっていくこともある。そこにはディフェンスラインとの連携が不可欠だが、シーズンを通してお互いの特徴を理解しあいながら、その信頼関係も育んできた。
「そこも信頼ですね。コーチングも大事なので、自分が出る出ないのタイミングやコーチングの声の出し方とか、強弱も意識して。常に強いコーチングばかりでは伝わらないと思うので、良いときは褒める、悪いときは怒る、そこの強弱をしっかり意識してコーチングしています。
僕は本当にディフェンスラインの選手たちを信頼しています。セットプレーでは、マークは絶対にはずさないと思ってますし、絶対に跳ね返してくれる。例えば僕がパンチングで弾いたときには、その後のカバーも止まらずにやってくれる。こぼれ球に対する反応の速さとかもすごい」
こうした中で味方を動かす守備の大切さを実感し、相手にシュートまで持ち込ませないことを目指した守備についての意識を高めている。
「守っていて一番ラクなのはシュートは打たせないこと。味方に気づかせるという意味でもコーチングは大事にしています」
自分が直接ボールに関わる守備の精度を上げることに加え、試合経験を重ねて、味方を動かすコーチングや相手との駆け引きなど、さらに幅広い守備力の必要性を感じている。
「キーパーって、シュートを止めることで評価されますけど、その前で防げたら失点の確率って減ると思うし、そうしたらチームの勝率に繋がると思う。僕は、シュートを止めても3点4点取られて負けたら、その評価は『どうかな?』と思う。止めて無失点で勝って終わりたい。それにキーパーとしては、相手のシュートをゼロに抑えるとか、ピンチを作らせないことが大事。その上で、ここで防いだから2点目、3点目が取れた、そのセーブが次の自分たちの得点に繋がる勢いをもたらすことができたと言ってもらえるようなプレーを日頃から意識してる。そういう部分でコーチングやディフェンスラインとの連携、協力して守るっていうことは大事だと思います。
でも、僕らにとって守備が攻撃の第一歩みたい感じもあるので、僕たちは守備面でそんなに注目されない方が良いです」
曺監督は、「キーパーは特殊なポジションだけど、10+1ではない。11分の1だという意識を持たなければならない」と、ゴールキーパー像を語る。その意味するところは、「ゲームの流れを読むとか状況判断を的確にするのはもちろん、ディフェンダーと協力したり、味方の特徴を読みながら他の選手とどう関わっていけるか。そこにチャレンジしていかなければいけない」ということ。また、キーパーに限らず選手には「自分はこういうプレースタイルと限定した瞬間にその選手のプロサッカー人生の可能性が著しく減る。ひとつの要素より2つ、3つとできるように課題に向き合うことが必要」と、プレーの幅を広げることを要求する。曺監督の意図するところを汲むからこそ、秋元選手もまた、自分に矢印を向け続けている。
ゴールマウスを守るために
パワーとスピードを武器にして
がっちりとした筋肉質な体格と闘争心を前面に押し出して身構える姿から試合を観ているときに感じることはあまりないが、身長は182cmとゴールキーパーとしてフィジカル的に恵まれているほうではない。
「小さいですね。湘南のキーパーの中では一番小さいです。
上背のないゴールキーパーは、クロスボールの対応のちょっとしたミスでも『小さいから』と言われる。逆に背の高い選手がクロスで判断ミスをしても『たまたまだよね』と言われるのが悔しい。確かに背が低い分、クロスボールの対応は難しいとは思いますけど、それで片付けたくないし、自分のプレーの幅を広げる部分でクロスボールの対応は大事なテーマのひとつ。それが向上すれば自分の評価も上がると思うし、チームも助けられるので、しっかりと向き合っていきたい」
秋元選手は、足りない身長を補うのに必要なの要素は、パワーとスピードだと考えている。
「パワーというのは、クロスボールにしてもシュートに対してもパワーを持って行けるタイミングだとか、人に対して与えるパワーとか。スピードは、ディフェンスラインの裏に出てくるボールへの対応。スピードがあればクロスボールに対しても守備範囲が広がるから。
その2つは、しっかり自分で意識して、身体を大きくしたり、スピードトレーニングしたり。マリノス時代に教えてもらったことを、愛媛でもずっと続けてやってきました」
相手選手と競り合うペナルティボックス内。どんなボールに対しても、自分が一番良いポジションを確保してこそゴールを守れるもの。そのポジションを瞬時に取るためにはあたり負けしないパワフルなフィジカルが必要だ。秋元選手は、自分の体格を自覚して、常にフィジカルをパワーアップすることを心がけている。その一例が、ホームページのプロフィール欄にある「今年、これやります宣言!」という項目へ答えた「筋肉量増加」の言葉。
「湘南への加入当初から順調に増加してます! 今年の目標は筋肉量72kg。今、71kgなので、あと1kgですね」
筋肉量は体重と体脂肪率から割り出せる。シーズンが始まる前は、68kgを少し超えていたというからこれまでに約3kg増えたことになる。
「あと1kgの壁が大きい。
マニアックな話なんですけど、でも、筋肉量が増えるとパワーが実感できるんで(笑)。セービングの幅も広がるし」
筋肉量も、J1での戦いに向けての準備のひとつ、というところだ。
自分の弱さと向き合って
背水の陣をしいて得た成長
中学・高校時代に籍を置いたのは横浜F・マリノスのアカデミー。J1で長く強豪チームとしての地位を確立するチームだけにアカデミーのレベルも高い。実際、秋元選手はU-15から年代別の代表に呼ばれるほど注目を集めていた。そのままトップチームへの昇格も果たしたが、選手として順調なプロ生活を送ることはなかなかできなかった。
「今でもそんなに強くはないと思うんですけど、僕はメンタルが弱くてダメだった。出る試合出る試合全然ダメで。練習ではできるのに、試合ではできないっていう感じがあった」
リーグ戦デビューはプロ3年目を迎えた2008年シーズン。開幕からベンチ入りし、ホームニッパツ球技場で開催された16節で初スタメンを射止めた。その後、さらに2試合続けて出場したが良い結果は得られず、再びベンチを温めることとなる。
「1勝もできずに。また、1年か2年後くらいにチャンスが来ても全然ダメっていう感じが続いて。天皇杯はJFLのチームとの対戦だったので、また少し違ったんですけど。
『試合に出てミスをしたらどうしよう』『勝てなかったらどうしよう』という気持ちが悪循環になってしまって自分本来のプレーができなくなったり、ミスが続いてしまったり。それに中澤(佑二選手・現横浜F・マリノス)さんとか、日本代表クラスの選手にしっかりコーチングをしなきゃいけない。だけど、自分がきちんと結果を出していないと信頼関係は生まれないと思うので、そういう部分でも試合に出るだけの力が足りなかった。これを変えないと今後、サッカー選手としてやっていけない、というのをすごく感じていました」
2011年シーズンまでF・マリノスに在籍したが、試合に出ることはほとんどかなわず、2012年に選手生命を懸ける覚悟を持って完全移籍で愛媛FCに加入した。
「『試合に出てみないとわからないこともある』と言われ、自分でもそう思っていたので、他のチームに行こうと。戻る場所があると思うと甘えが出るので、『ここでダメだったら、もうあとがない』っていう気持ちを強く持つためにも期限付きとかではなく。
愛媛では監督やコーチがすごく信頼してくれて、負けが続いた時でも試合に出させてもらいました。それに、全員で守備をするチームなので、『後ろから支えていかなければ』という思いを強く持てて、そこから責任感も生まれたと思う。信頼してくれる人のために勝って恩返しがしたいという気持ちを強く持って試合に臨んでいました」
マリノスから移籍をして数多くの試合に出て、改めてわかったことがたくさんある。
「僕はマリノスでやってきたことは、本当に良かったなってすごく感じてます。レベルの高いゴールキーパー陣の中で、その選手たちに追いつくためにした練習が今のベースになってる。ずっと教えられてきた技術的なことは、外に出ても『やっぱりしっかりしているね』って言われますし。
メンタルの部分でも、僕はメンタルが弱いということをすごく意識して愛媛に移籍したけど、そういう部分でも強くならなきゃいけないと思えたのも、出られなかったり、怪我をしたり、いろいろ言われて落ち込んだりとかありましたけど、本当に苦しい、その時代があったから。僕も、自分を変えなきゃいけないという部分で移籍を選んだので。
僕が愛媛に行ってからもマリノスのゴールキーパーコーチとかすごく応援してくれて。愛媛でのあの2年間はマリノス時代があったからこそだ、というのをすごく感じましたし、感謝の気持ちが湧いてきましたね」
愛媛では、移籍1年目の開幕から守護神の座を掴み、2年間、ほぼ全試合に出場した。また、ベルマーレでも開幕からスターティングイレブンに名を連ね、ここまで全試合にフル出場している。
「メンタルはその当時よりは良くなったと思いますけど、もっと自信を持ってプレーするという部分がまだまだできていないので、そういう部分で『自分は大丈夫だ』っていう気持ちを持てるように今後やっていかなければならない。
例えば、『ここはミスをしても良いから前に出よう』といった気持ちや、その決断をした自分を信頼することとか。リスクはあるけど、『出よう』と決断して、決断したら『自分は大丈夫』って、どんと構えて、それがミスになったとしてもその判断を良しとして積極的なミスから学ぶ。それがプレーの幅や質を上げることに繋がると思うし、メンタルも強くすると思う。昔に比べたら強くなりましたけど、もっともっと強くならないといけない。J1のゴールキーパーに比べたら、まだできていない部分が多いから」
目指すところはまだまだ高い。これから先も一歩の積み重ねを大切に過ごしていく。
積み重ねた過去に感謝して
トップリーグで戦う力を培っていく
2012年、曺監督が指揮を執った初年度に秋元選手が当時在籍していた愛媛FCとはリーグ戦と天皇杯で3試合戦っている。結果は、リーグ戦がベルマーレの1敗1分、天皇杯でかろうじて勝利したという結果が残っている。その時の印象は
「最初に戦ったのは愛媛のホームだったんですけど、湘南がずっと勝っている時で、すごく勢いがあるチームだと感じていた。そのとき僕たちは、ちょっとビビっていたんだけど蓋を開けてみればうちらが先制、2点取って勝ってしまったというゲームだった。
でも、前への圧力がすごくて、『これはJ1に行くな』と正直に思いました。前へ前へ、『すごく来る』っていう感じで。僕たちがボールを奪ってもすぐ取り返しに来る。勝っても差を感じたゲームでした」
2013年の晩秋に、そのベルマーレからのオファーが届いた。
「2年目のキーパーコーチがすごく良い人で、僕のことをすごく考えてくださっていたので迷ったところもあったけど、湘南の状況と戦力を見れば、J1に行くチャンスが広がるなと思うところが正直あった。
曺さんとも話をさせてもらう機会があって考え方を聞いたときに『行きたい』という気持ちになりました」
とはいえ、ポジション争いという点では再び挑戦者の立場へ身を置くことに。現在ゴールキーパーは、4人で切磋琢磨している。
「僕自身、移籍するからには試合に出て活躍しないと愛媛に対して失礼だっていう気持ちがあったので、ポジション争いには絶対負けたくなかった。
このチームにはノブさん(阿部)という経験豊富な選手がいて、裕嗣(梶川)みたいな有望な若手がいて、同年代の雄太(鈴木)もいてという中で最初に感じたのは、このチームに対する自分の影響力、自分がどうすれば良い影響を与えられるのかなということ。僕、キャンプから試合に出させてもらったんですけど、すぐに本当に良いチームだなと感じたんです。そこで僕は、しっかりとこのチームを見て、感じたことを言って良いコミュニケーションを取らなきゃいけないし、自分自身は焦らずにやることが大事だと思いました」
自分の存在がチームに良い影響を与えられる選手になりたいというのは、愛媛時代から意識してきたこと。だからこそ、振る舞いや発する言葉にも気遣いを見せる。また逆に、チームからも良い刺激を与えられていると言う。
「来てすぐに、湘南は能力が高い選手が多いって実感しました。能力だけじゃなくて、性格が良くて、純粋にサッカーで上を目指しているっていうのをみんなが感じさせる。すごいなって思います」
チームを移ればサッカーのスタイルも変わる。攻守の切り替えの速さが特徴の湘南スタイルは、フィールドプレーヤーにとって時にサッカー観を覆す場合もあるが、ゴールキーパーが新しくトライするスタイルとしては、どのようなものだったのだろうか?
「僕は湘南に来てプレーの幅が広がったと思う。ラインが高い分、裏のケアとか、クロスボールのケアが大切なので。僕はクロスボールに課題があったので、そういう部分を意識して試合に臨めるようになった。ディフェンスラインの裏に抜けるボールに対してはディフェンスとのコミュニケーションが大事だというのもわかってきた。リスクマネージメントの部分ではコーチングの質とかタイミングが大事ですね。
こういうふうにラインを高く保つには、自分のポジショニングが大切だっていうのは、すごく感じます。まだまだですけど、出られる範囲は広くなってきているし、意識も変わったと思います」
もうひとつ、新加入の選手にとって難しいのではないかと思えるのが、曺監督が指揮を執って3年目となるチームは、昨年の経験をふまえてJ1仕様のプレーを目指すことを目標にしている点。同じ体験を持たない選手でも、同じ意識でその目標は持てるのだろうか?
「自分は、今まで『良い』と言われていたプレーが『ダメだ』と言われても良いよくらいの気持ちで、すべて受け入れる、湘南に染まるという気持ちで来たから、そういう意味では違和感なかったです。求められていることがしっかりできるようにって。実際加入して、J1に上がるためのチームだなと思いましたし」
まだリーグ戦は残っているが、それでもここまでの全試合に出場して今思うことは
「今年、いっそうサッカーにのめり込めているんですけど、上でやるためには、もっともっとやんなきゃダメだなとさらに思うようになりました。今までの失点も、課題ともっともっと向き合っていたとしたら防げたかもしれない、とか。まだ足りないのかもしれない。
僕としては毎試合毎試合必死。シーズン当初からJ1を意識してやってきて、それは今でも変わりません。試合のあとは、このプレーは良かったけど、上に行ったらどうなの? ということを考えながら映像を観て学んだりしてますし。もうJ1昇格という結果が出ているんで、しっかり意識しないと上に行って苦労するのは目に見えている。
でも、コーチングひとつをとってもJ1に行けば歓声もより大きくなる中で、その質もタイミングも上げていかないといけないし、クロスボールにしてももっとすごいクロスが上がって来ると思う。僕はJ1での実績はゼロに等しい。だからこそ、自分のプレーの一つひとつの質をもっともっと向上させていかないと。本当に毎試合必死にやらないと追いつけないっていう感覚が自分の中にある」
去年味わった無念の思いを糧にただひたすら目標に向けて歩いてきた今シーズン。残りの期間は、次の舞台で戦い抜く力を培う、大切な時間となった。新しい目標に向けて、これからもまたひとつずつの成長を丁寧に積み上げていきたい。
取材・文 小西尚美
協力 森朝美、藤井聡行