ボイス
【ボイス:2015年9月4日】大槻周平選手 [1]
このサッカーが楽しいから苦しくても走れる。
今、チームで求めているのは走ってもブレない技術。
曺貴裁監督が初采配を振るった年に大卒ルーキーとして加入した大槻周平選手。
気持ちばかりのルーキーイヤーから始まったプロサッカー選手人生は、
2年目でJ1のステージに立って足りない力を実感し、
3年目の昨年は開幕14連勝を成し遂げたチームに貢献しながら15節で負傷、
残りのシーズンをケガとの戦いに費やすことになった。
そして迎えた4年目のシーズン、
これまでの試合のほとんどにスターティングイレブンとして名を連ね、
なくてはならない存在感を放つ。
ベルマーレで過ごした時間のすべてにおいて
自分自身とサッカーに真摯に向き合い続けた大槻選手は、
曺監督が4年の月日をかけて育てたチームの成長ぶりを
そのまま個に映し出す存在だ。
ゴール前でのチャンスを数多く作り出すために試合時間の多くを敵陣内でプレーすることを志し、ディフェンスラインを高く設定する湘南スタイル。ラインを高く保つためには、前線からのプレッシングが欠かせない。今シーズン、ほとんどの試合のスターティングイレブンに名を連ねる大槻選手は、そのスイッチの役割を担い、相手チームのビルドアップを阻むべく、時にゴールキーパーにまでプレッシャーをかける。気持ちを前面に押し出す大槻選手のらしさがもっともよく表れるプレーのひとつだ。そのアグレッシブな姿勢に感じられるのは気持ちだけじゃない変化の兆し。努力を積み重ねて迎えたプロ4年目は、自身にとって2度目のJ1の舞台への挑戦の年でもある。その成長曲線は右上がりの急カーブを描いている。
「自分の変化は、すべてをサッカーに注げるようになった、というか。ピッチの中でもそうですし、オフザピッチでも常にサッカーのことをイメージしながら生活するようになりました。良い食事をすることもそうですし、早く寝ることもそうですし。次の日の練習に向けて準備をする、それをホントにずっと続けられているところ。1日も怠りなくそれができているというのが成長した部分かなと思います」
1日24時間を次の日の練習のために、週末の、あるいはミッドウィークの試合のために過ごす。それは簡単なようで簡単にできることではない。実際、今はできているけれど大学を卒業して加入した当初からそんな生活ができたわけでもなければ、意識を高く持っていたわけでもなかった。曺監督も、「よく俺に怒られていたよ」と振り返る。そんな指導のもと、少しずつ生活を変え、意識を高めていった。
「1年目の最初の頃は、どうすれば良いのかわからないというのもあったし、試合に出られずに落ち込む、は言い過ぎですけど、『なんでや?』みたいに思うときもあった。その頃、練習中曺さんに『集中しているのか?』というようなことを言われて。そういうのがあってなるべく早く起きて練習のための準備をするようになりました。ストレッチとか体幹とかも取り入れて集中して練習に入れるように。今は、人に流されずに自分のやるべきことやるっていうことができてきたかなと思います」
プロ2年目から練習が始まる1時間半前には練習場に着くようにした。今は、昨年負ったケガのケアが加わったため、2時間前になった。曺監督がよく言う「サッカー選手にできることは練習をして、あとは良い食事をして良い睡眠をとって、よく休むこと。試合に出る出ないは監督が決めることだから、選手はその時のために最大限の準備をするしかない」この言葉を体現する生活を送っている。
「現役中はサッカーのことだけ考えようと思って。遊ぶのは現役が終わってからできることだし、サッカーは趣味でやっているわけじゃない、仕事なのでそこはしっかり。プロとしてやるべきことをやっているだけです」
やるべきことをやるだけと意識が変わって、1年目はあれほどこだわっていた試合出場への思いも変わってきた。
「僕はポジション争いを意識することなく自分のやるべきことをやる。人じゃなくて自分、自分の課題や目指しているものっていうのをやり続けるだけ。それをやっていれば、選んでもらえるというか。たまたま試合に出られるというのもあるやろうし、たまたまベンチに入れることもあるやろうし。人がどうこうじゃなくて、自分がやるべきことを練習からしっかりやり込む、その気持ちをずっと持ち続ける、ただそれだけです」
1stステージでは1試合だけベンチを温め続けた試合があった。
「こういう時もあるけど、やるべきことは変わらないというか。そうですね、そんな感じでした。もちろん悔しい気持ちはありますけど、それでもやることは変わらないし、下を向いている暇はない」
どういう姿勢でサッカーに取り組めば良いのか、それが明確になったことによって試合に出るチャンスも増えてきた。今は、毎日が成長のプロセスとなる、より良いサイクルを掴んでいる。